フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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池田先生指導メモから

しばらくぶりの更新となりますが。

最近はツイッターをはじめました。
宿坊の掲示板で再掲して引用しようとしましたが、ちょっと今の話題では話題にそぐわないと判断したため、自分のブログにて出して活用することにしました。


https://6027.teacup.com/situation/bbs/75990
切り札 投稿者:ジョーカー 投稿日:2017年10月27日(金)01時09分3秒

池田先生の「指導メモ」より

「信心に関する問題の場合には、第六天の魔王との戦いであり、どこまでも勝負である。戦い切らなければならない。ただし、応用、立体作戦の場合には強い敵にあたることは愚かである。賢明にいくべきだ。負けるに決まっている場合には、逃げたほうが利口なのである。そして『時』を待つべきである。
 逃げ切って勝ったのは、徳川家康である。其れも勝つために『時』をかせいだのである。この兵法の理を知っていたからだと思う。だからといって逃げてばかりいたのでは、ひきょうな人間になる場合がある。戦っていいときと、戦いをさけるときと、これをわきまえられる人は賢人だ。」

::::::

寸善尺魔の原理により、魔王の勢力は、仏軍の十倍である。正面からぶつかれば、ほとんど勝ち目がないのが現実である。この前提を知っている人を賢人という。その上で、御書に「悪は多けれど一善にかつ事なし」(P1463)とあるように、不動の信念を持つことが大事になる。

力なき正義は、結果的に悪を助長させてしまう。だからこそ正義であるならば、勝たなければならない。負け戦ならば撤退し、時を待ち、創ること。魔王との戦いは、生涯を賭けた大闘争となる。一朝一夕の戦いではなく、短期決戦でもない。言うならば、仏法は永遠に魔王との戦いであるので、終わりはない。魔王に打ち勝つ智慧と生命力を具えた人間が仏なのである。

魔王との戦いにおいて、時を創るとは、人材を育成することを要とする。組織悪に染まらず、魔王を見破ることのできる人間を育てることである。私も現在、4人の人材を手塩にかけて育てている。それも、10年、20年単位のビジョンでの育成である。それこそが、魔王を打ち破る根本となるからだ。どこまでいっても大事なのは人材である。善き人材がいなくなった時、創価学会は滅びる。

時をただ待っていたのでは、魔王に勝てないどころか、卑怯者になる。魔王のエネルギー源は、「何もしない善人」に他ならない。何もしない善人は、組織悪に染まり、魔王に利用される。54年も、何もしない善人の集まりだったから先生は、「情けなく、また、私はあきれ果てた」(桜の城より)と述懐された。であるならば、個々においての魔王の戦いは、何もしない善人からの脱却が重要となる。

戦うのであれば、負けないための準備を整えること。準備が不足しているのであれば撤退し、出直すこと。そして、時を待つ必要があるならば、時を創ること。何もしないという選択肢は許されない。魔王の寝首をかくための切り札を、どれだけ用意できるか。それが、弟子の時代の広宣流布の戦い(創価学会を守る)である。

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by taicyan0402e | 2018-08-26 19:15 | 組織関連など | Comments(0)