フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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『幹部』が先生の思想が届かないようにしている①

これから話す事は、見る人がみれば僕がダレなのかわかるような内容だけど。
どうやらあの当時は、僕が感じてる以上に不思議なほど地域で広く知れ渡っていた様子だから(後で話にゆくゆく出ますが、不思議なほど複数の幹部さんが『心配』に思っていたようで、普通ならたぶん直接話す機会などなさそうな幹部さんからばかりに入れ代わり立ち代わりに『心配』『激励』をされました。今でもちょっと状況がピンとこない部分があるけれど、激励をしてくれた幹部さんのひとりは、先生のハンコが押してあった『青春対話』を持参した方もいました。この話は後ほど)。
とはいえ、学会なら「ありがちな話」に類するだろうか。昨今の組織の状態からしても。

一度に話し切れないので、時間ができたつどに話していきます。
そして話した真意を最後に明かします。最高幹部についてこうしてずっと話されてもピンと来ないだろう事が感じられるゆえ、もっと身近にありそうな話をリアリティーに話していきます。

軽く自己紹介から。
僕の産まれは岩手。
親父はいわゆる『遊び人』というか『チンピラ』の状態だね。
親父がお母さんと一緒になったのは「ヒモ」になるため、という内容を母親から聞かされている。
ちなみに、僕は二世で『御受戒』を受けてる(と母より聞かされている)。

そんな親たちが別れたのは僕の中学の2年の春休み。
岩手から母方の祖母や叔母夫婦の居る関東へ『夜逃げ』という、事実上の別居。
正式に別れたのは中学の卒業直前。学校は高校まで行った。

昔のCMにあったが『亡くなってわかる。親とカネ』なんてね。
高校3年の卒業前、今のような寒い時期に母は亡くなった。
それから嵐のように徹底的に学会員からばかり仕打ちに遭っていった。
いや『見たくないモノ』をなかば集中的・強制的に見せつけられた時期と言ったほうがいいか。
あの当時は『悪夢』をみてるようだった。

母が亡くなった当時、近所に叔母夫婦が住んでいた。
叔母がどうやら母や祖母や親戚中を『勧誘』したらしい。
が、叔母の行状は『鬼畜』そのもの。
旦那は消防関係の仕事。
叔母が言うには『死んでも困らないから』だと。
つまり、もし亡くなれば大金が入るから、というのが『結婚相手に選んだ理由』だそうな。
こんな事を平然と言える状態であるからね。母が病院で亡くなっても全く悲しくはないどころか、むしろ『カネ』の事をこの時にすでに考えていた様子に感じてる。ほんとに悲しいならば、激情な叔母のこと。感情的に泣き叫ぶのが自然だ。だが、母が亡くなった瞬間、かなり長い冷静なセリフで「シラケ」てしまっていた。テレビで出演者が用意されたセリフを読み上げてる様と変わらなかったからね。が、この時期にはすでに叔母がまともな人間性ではないのをよくわかっていたからね。子供心に『期待』など全くしなくなるほどに。

母が亡くなっても『現実感』を喪失していた。病院ではさすがに泣いたのだけど。
その時だけで、これからどう生きていったらいいのか。
ボーゼンとなったままの日々を過ごしていた。

親戚は他にも他県にいたのだけど。
他に引き取られたりしないよう、一ヶ月ほどで叔母は他の親戚には黙って強引に「引き取り」をした。僕にとって『母』の代わり・思い出・温もりはこの家なのに。

なぜ強引に「引き取り」を強行したか、普段の叔母の言動・行状からさすがにハッキリとわかる。高校卒業直前であって、さらに母が喜んだ「内定」まで決まっていた状態。つまり「カネ」を目的に、母が死にそうになってる様を見た瞬間に『画策』をした事を『実行』に移した、ということ。だが、卒業間近とはいえ、まだ卒業してない以上『思惑』がわかっても聞くよりなかった。

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by taicyan0402e | 2015-02-10 00:48 | 体験関連 | Comments(0)

『自行』をやらず『行』だけやると?(まとめ)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)へ


そいや忘れていたが、『シール剥がし』の仕事の時期に、派遣元から『満期だからあがっていいよ?』と言われ(派遣元は基本的に半年の期間の仕事のシステムというか、半年ごとにボーナスがあり、それと同時に派遣元ごと辞める人がけっこう多いようだ)、それでお世話になった現場監督者に今までのお礼を話したらちょっと待って欲しいという旨を聞いた。
なので派遣元が了解すればいいですよ?と。

翌日に派遣元の責任者より、『現場責任者がもう少し続けてもらえないだろうか?と言ってるけど』と。
『続けても満期は無理だけど続ける?』
『はい!現場責任者にそう言って頂けるのは非常に光栄なことです!』
と、即答した。

『真っ先のリストラ目標』となったのが、そこから抜け出して逆に続けて欲しいとなった『経緯』は『勝利』と言っていいだろうと。『勝利』とは自分ひとりで勝ち取るものではなく、自分をとりまく周囲のみんなとの『勝利』ではなかろうか。


さて、この工場での『最後の仕事』となったのは11月の途中からだったと記憶している。
稀に機械が不調を起こすからそれを発見して欲しいとのこと。
早い話が『機械の監視』という作業が『最後の仕事』となり、『シール剥がし』を他の人に教えて作業場移動となった。
画像処理を利用した監視システムを『派遣社員一斉解雇』までに作るとかで、それまで『機械の監視』をする事になった。

通常は作業員を置かないような場所(ライン上に簡単な屋根があるところの機械近く)で、僕は簡素な屋根の上から『機械監視』をやっていた。とはいえ、ラインが稼働中は危険要素も少しあるから、イスに座ったまま基本的には移動禁止というのが『安全作業』になるのだけど。
そこでライン稼働中は『機械監視』をすることになる。

この時期にはもう工程内の人員は『派遣社員一斉解雇』の体制にすでになっていたろうなぁ。
『派遣社員一斉解雇』で僕は上がる旨は伝えていたから、作業内容からして『実質ボーナス』です。

と、やっと記事タイトルについて関連した話ですけど。
『行』だけやってた体験を話してきましたけれど、これでさらに『自行』までやっていれば『宇宙のリズムと合致』という現証になっていたのではないかと感じられるのです。

『自行』を行うことで一念がもっとしっかりしたものになり、派遣元の『満期』でいったんあがって、『期間工』として工場に採用されるのは間違いないでしょうから。現場ではすでに信頼を勝ち取ってたのですから、さらに向き不向きも現場監督者は知ってる状態ですから、向いた作業に配置されてたことでしょう。長く勤めやすい環境になった可能性が高いからそのまま『社員』へ移行してたんじゃないかと。ところが『期間工は社員の嫌がるキツい工程ばかり』という僕の先入観があったからしなかったんですね。『派遣社員』の工程が空くのに先入観からそこまで頭が回らなかった。今からでもやれば期間工で採用はされる可能性が高いだろうけれど、自分なりに真面目に取り組みだした当初に願ってたものが今は総合的な形の功徳の現証となって自分にガッチリと合った環境だから結局はそれはやれないことですけどね。

この記事を書いたのは、そうした体験から次のステップとして唱題に挑戦するためのまとめ的な意味の記事です。


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by taicyan0402e | 2014-04-14 06:07 | 体験関連 | Comments(2)

『自行』をやらず『行』だけやると?(本題・好転のキッカケ)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)へ


さて、この記事が今回の体験談の「ひとつの山場」になります。
状況が好転するハッキリとしたキッカケ部分というか。

工場長クラスの責任者からの指示による『ロコツなリストラ目的のイヤガラセ』というのが初日にすでに『直感』できていた。実際に『イヤガラセ』をしてる現場責任者はただ『忠実に仕事をこなしてるだけ』であって、本心で『イヤガラセ』を望んでいるわけではない、ということなんだけど。『異様な光景』と『ロコツなイヤガセ』で平常心を失ってる派遣社員には冷静な判断が困難な職場環境になってました。そんな中にあっても冷静に見れるだけの事柄がうまく重なって『福運』を積む、という事がどういうことかを実体験する機会になりました。

この直前の体験談記事は『ロコツなリストラ初日』となったわけですが、初日は僕へ『ロコツなイヤガラセ』があったものの、二日目は特に何もなく『異様な光景』の時間を過ごしただけで済みました。

作業終了後、『後釜』の人にいくつか言いました。社員さんならおそらく『ロコツなリストラ』の趣旨を聞いてるだろうから。

『僕はロクに作業ができないのに、班長(ラインの一定区画の現場責任者)はすごく丁寧に教えてくれて嬉しかったんですよ』
『だから感謝してるし、僕は派遣社員だから他へ行くだけでいいだけだけど、せめてお礼をしてから他へ行きたいんです』
『こんな事になってるのは現場責任者のせいじゃないです。一ヶ月ほど前に工場長が見回りに来たけど、現場責任者はただ忠実に仕事をこなしてるだけでむしろ工場長の被害者です。現場責任者に全責任をおっ被せて全部リスク丸投げしていったい何を考えているのかと思いますよ』

と、いう趣旨を言ったんです。おそらくこの事は現場責任者に告げるだろうから。
まぁ『言える最善』と感じるのはこれがやっとだから、後は『態度』で示すぐらいしかやりようがないけど。

翌日から僕は自分でも「尋常ではない形相」になってたのがわかるぐらいで『絶対にミスを出さない』ということと、『キズ』など何か不具合を見つけるようにしてました。どのみち『ただ突っ立ってるだけのフルタイム』なんて拷問でしかないからf^^;
退屈凌ぎにそういう感じで望んでしていました。

それから約二週間ほど経過した。
ある日に他の作業を言われた。
キズのついていやすい部分にビニールのシールを試験的に貼る、というのが加わったようで、組立工程の最後で僕にそのシールを剥がして欲しいとのこと。今から思えば、このタイミングではもう『早期リストラ対象』から外されていたのがわかります。でなければ他の作業をさせるなんて事は無いでしょうから。

けど、他で作業をするのに所属工程というか班長は同じ人が責任者のままなんです。
『他の作業』の場所では作業に限定した現場責任者という、なんだかよくわからない状態になったけれど。

二日ばかりは指示通りの『シールを剥がす作業』をそのままやっていましたが、別に難しい作業でもないから二日で完全に習熟しました。そうなると余裕の時間ができてしまうわけで、気持ち的には「たいくつ」になってしまった。それでいながらお礼をしたい気持ちもあったから、プラスして何かしようかと。

ラインは基本的にはラインの右側と左側で別れての作業ですが、僕がやってるのは元々は無かった『例外的作業』になっていて、両側に張られているシールを剥がすのが指示だけど、他にも『傷』を見つける作業も自主的にやりだした。ラインは『組立』の次は自動的に『検査』の工程になるのだけど、『検査』の直前で『シール剥がし』をしてるから、『傷』を発見すれば『検査』で発見された事にはならない。現場責任者としては『検査』で発見されるより途中で発見された方が『現場で処理できる』ことから、上層部への『印象』がマイナスになりにくい利点があるだろうから。こんな『縦割り』では不具合について上層部では『検査』で発見された内容ぐらいしか見てないであろうからね。

『傷チェック』まで自主的にやりだしたはいいものの、さすがにそうそう出るものじゃない。初日はゼロ。けど二日目に早速発見したから、現場責任者に知らせた。
それ以降は一日平均で一台ペースで『傷』を発見していた。
やはりというか、『検査工程前で発見』の効果が現場責任者には助かってるようで、いつの間にか『シール剥がし』よりむしろ『傷チェック』の方がメインになっていた。

『休憩中』はそれなりに和やかな雰囲気で、人数が多めの一定区画のようで、仲のいい人同士の『派閥』のようなのもあったけど。たぶん体験談の最後の記事で『再登場』する事になるけれど、『派遣社員』という同じ立場で作業をしてる人(Aさんとしますか)が、ある日の昼休憩時にグチを漏らしてた。

イヤガラセをする人(同僚)がいて嫌だと。たぶんその『嫌』という相手に聞こえるように言ってる、と直感したけど。僕も同じくは感じていたから。今ならわかるけど『抜苦与楽』になるものを話した。

『人間関係の得意な人は営業職をやるんだろうし、工場にはなかなかそういう人は来にくいだろうね。人間関係には苦手な人が集まりやすいだろうから、いちいち気にしてたら仕事もできなくなるよ?』

『それに、嫌な人をマイナスの存在にしてるより、良好な関係にしておくのも仕事だと思うよ?』と。妙に納得したようで、聞いていた社員さんとか同僚の数人も口には出さなかったけど妙に納得していた様子だった。


こんな感じで、この作業を11月辺りまでやっていた。
そして次の体験談記事で内容や様子を書くけれど、これがこの工場での『最後の仕事』になったものがあるのだけど、これは『現場責任者』でできる範囲の『お礼』と僕は今は感じてます。『ボーナス』をくれたようなものだから。


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by taicyan0402e | 2014-04-02 10:19 | 体験関連 | Comments(3)

『自行』をやらず『行』だけやると?(本題・告知後)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)へ


やや連載的に過去の体験談を話してますけれど。
たぶんこのブログに訪れてる方は理屈とかより体験の方に興味あるんじゃないかと感じて試験的にやっておりますが。

それで、作業終了後に組立課にいる『派遣社員』で同じ直の人(工場は二つの直があります)が集められて事実上の『リストラ告知』がなされました。
言い様としては『リストラをするかもしれない』という曖昧な言い方の説明でしたが、『するかもしれない』どころかリストラするのがハッキリしてる様子が誰でも感じられている状況です。僕以外の工程でも『後釜』になる人がほんの数日前より次々にすでに送り込まれてましたから。それで、『告知』の日はそのまま帰りです。

翌日は『異様な光景』です。
綺麗に一列にならんで立ちぼうけの『カカシ』が、前を見ても後ろを見ても長く連なってましたから。名目としては後釜の人に作業ミスが無いか『チェック』だけど、実際にはただ『突っ立ってるだけ』です。それも休憩に入るまで約二時間も。突っ立ったままほぼ何もできずです。

10時の休憩に入る前に、同じ派遣元の仲間がすでに『ロコツなリストラ目的のイヤガラセ』が行われてました。まぁその人も人間性にはちょっと問題はあるものの、作業そのものはソツ無くこなす人で、同じ日に配属された『同期』の仲間なんですけど。
人間性に問題ある、というのは『ガム』を噛みながら仕事していて、ハタ目にも印象があまり良くないというか。けれど、作業そのものに問題は無かったから『容認(というより黙認)』されていたわけです。これを『リストラのイヤガラセ』に利用してきたわけですね。

約一ヶ月も黙認していながら、『告知』の翌日に『態度の厳しい注意』ですから、冷静に判断すれば『リストラ目的のイヤガラセ』であるのがわかる事なんですが。なにぶん『ヤンキーあがり』というのもあって、『怒るほどの事でもないつまらない注意』であるのが明瞭であるのに、『仕向けられてる』というのに自覚できずキレてしまっていて辞めると言い放っていた。裏表のあまり無いのは美点かもだけど、こんな単純では世の中を渡っていけないだろうにf--;
それで、キレてしまい、そのまま作業を放棄して帰るとかf--;

と、一例を出したけれど、他の派遣社員へも『キレさせやる気を無くさせるよう仕向ける』という共通のことが現場責任者が派遣社員へ行っていた行為でした。
すでに簡単に書いてる僕自身のことは『告知』の翌日で、お昼休憩後のライン稼働中で起こったことですけれど。

後工程の一定区画の現場責任者が、僕のいる工程の『ミス』を言ってきました。
一回目は軽く注意というぐらいでだけど。
『管理番号のようなシール』を貼る作業もあるのだけど、それが剥がれ落ちてたと。
僕はこの約一ヶ月で一度もそんな事は起こらなかったです。
それもそのはずで、厳密にミリ単位で正確に貼るような作業ではなく、貼る位置の誤差2センチ程度ではいけないけれど、1センチ程度なら問題ない作業だから。精密さが要求されるわけでもないし、ぶっちゃければ幼児でもできる部分の作業だから。

『不自然』に感じたものの、後釜の人に一応『ミス』を言われたのを告げて、僕は後釜の人がシールを張った後に、貼られたシールを僕の方でさらに強くくっつけるように『保険』のようなことをした。普通に考えて『イヤミ』になるけど仕方ないから。それは後釜の人もわかっていた様子(というよりリストラ目的のイヤガラセという事も)。

それから約30分後、再度の『同じミス』を言ってきた。これはいくらなんでも『ロコツ』だ。まぁ後工程責任者はあまり人間関係を良好に保つのは苦手としてる人物だから、それがこの時は僕に『幸運』となってしまったというか。『勘違い』の範囲ともし僕が感じていたならおそらく『意図通り』となってキレてた可能性はあるけど。

『キレさせやる気を無くさせる目的のイヤガラセ』であるのは明瞭だから、それで僕はイヤミのように丁寧過ぎる謝り方をしたものだから、後工程の現場責任者は『困惑』したのがわかった。まぁ『不器用な人間性』だから年上の僕は『可愛らしい人間性』とも感じていたから落ち着いていられたのだろうけど。相手は良心がやはり痛んだのだろうという表情だったけどね。それで僕は変に『同情心』が沸いた。『本心』でない事をやってるのは『上からの業務命令』であるのが読めたから。『上』といっても現場の総責任者でもないのが明らかだ。『総責任者』もまた『上からの業務命令』であろから。と、なれば『上』の指すところは『工場長』からの指示でなされている事であるのはまず間違いないだろう。つまり、この若い現場責任者もまた『工場長』からの業務命令による被害者である、と判断できる。同時に、『上』は現場の状況をあまり知らずに『業務命令』を出してる様子も伺えた。それであるから『現場』の責任者に特に『理不尽な負担』がかかっていたのだね。それは普段から薄々感じていたけど、ここでロコツに顕れたというか。いわゆる『縦割りの弊害』というか。

ともかくもその日はそのぐらいで作業は終了した。


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by taicyan0402e | 2014-03-31 11:07 | 体験関連 | Comments(6)

『自行』をやらず『行』だけやると?(本題・告知の日)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)へ

やっと本題に入れるというか。
配属されて一ヶ月も経たずに『リストラ騒動』という事になり、人によっては重大犯罪をやらかしてしまうような『環境』にあった、という背景を長く話しましたけれど。
工程の習熟中で真っ先にリストラ対象となるも、結局は切り抜けて年末の派遣社員一斉解雇まで生き残った経緯をこれから話していきます。ちなみに一斉解雇時には派遣社員は一割しか残っていなかったです。

リストラ騒動の一ヶ月前の『工場長の下見』が現場では『発端』とみるべきでしょうか。
先に述べた通りで、前任の工場長は『不具合』があると真っ先にすっとんできた姿勢であったようです。しかし、僕が配属されてから年末の派遣一斉解雇まで工場長が現場を見に来てたのは、リストラ騒動の一ヶ月ほど前に一度来たのみです。この『姿勢』の違いも『重大事件』を象徴してるというか。

配属されて間もない僕でも『現場監督者』に理不尽なほどの責任の丸投げを肌で感じられていました。先に話した『家庭的雰囲気』というのも、上層部からの理不尽な責任の押し付けに対抗するための『戦友』として接していたのかもしれませんが。『派遣社員』には『使えるよう育てて使う』という事になるのも、上層部の意向というか『縦割り』の弊害の現実的対応だったろうと。『使えない』からとて上層部に文句ばかりも言えないでしょうから。それなら『育てる』しか手段が無いわけです。別に何も優しいからという理由なわけでもなく、それが『現実的な仕事』でしょうから。ともかくも派遣社員にとっては非常にやりやすい職場環境にあったのは事実です。

僕の配属された工程の直属の現場責任者(班長)は、人柄も柔かでたぶんさらに上の役職になるまでは時間の問題に感じてました。教え方も非常に丁寧で僕は尊敬さえしてました。『人生の先輩』としても。そんな雰囲気の中で任されようとしている工程の習熟をしていたわけです。

そんななか、ある日に『工場長』が見回りに来るとか朝礼時に通達がありました。
休憩中に聞いた先輩方の話では『珍しい』とも。他に『前の工場長は不具合があるとすっとんできた』とも。だから『珍しい』と感じたんですね。時期としては僕が配属されて間もない頃です。まさかその『見回り』から一ヶ月経つか経たないかで『リストラ』なんて話が出るとは予想だにしてませんでした。

それから約一ヶ月の間近になり、ある日に何の知らせも無くラインが動いてる最中にいきなり『後釜』としてこの人に作業を教えて欲しいと現場監督者から。工程の移動なのか聞いても聞こえなかったようにスルーをされた。とりあえずそういう『指示』だから教えてたのだけど。

二日間はそのまま教えていて、三日後の朝礼時に『派遣の人は作業終了後にみんな集まって欲しい』とのこと。この作業終了時の集まりでの『リストラ告知』の直前タイミングまでは現場監督者も社員さんなどもみんな普段通りの『家庭的な態度』でした。


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by taicyan0402e | 2014-03-30 09:38 | 体験関連 | Comments(0)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置きの補足)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)へ

背景説明が長くなってますが。なにせニュースはやはり『大衆向け』ですから仕方ないと感じております。補足的に背景を話す必要もありますから。

前の記事では僕自身の初期辺りを主に話しましたが。
『ロコツなリストラ』の全体部分では『立ちぼうけのカカシ状態』ですが、前の記事で僕自身のものを話しましたけど。派遣社員へは『キレさせてやる気をなくすよう仕向ける』ようなやり口が他の派遣社員へなされていた共通部分でした。『あえて怒らせるよう強要した』というか。

現場の普段は『家庭的雰囲気』というのは述べましたけれど、それが『現場監督者』の本心なのが明らかです。表面だけでは『信頼を裏切られた』としか映らないでしょう。しかし、『家庭的雰囲気』の『現場監督者』がそういう事をしているのは『本心ではない』のが冷静になればわかることなんですけどね。なにせ『カカシ状態』を見ては『自分の将来の恐怖』から『平常心』を失わざる得なく、『判断力』の鈍ってる状態でさらに『キレ』させるのだから。派遣社員だけで数百人はいるだろうし、中には『暴走』してしまう人がいつ出ても不思議ない雰囲気はあったから。工場側はその『暴走』が『辞める』という見込みの元で『ロコツなリストラ』を行っていたのだろうけど。指示はまず間違いなく『工場の上層部』から出てるのが明らかです。けれど、そこまでの判断は実際のところ『派遣社員』には厳しい面もある。何の問題も無く『派遣社員』をやってる人はごく稀だし、特に『人間関係』を苦手としてる人が多いように感じる。『人間関係』を苦手としてるから『派遣』という選択をしてるのも多いなか『仕向けられたトラブル』の対応はやはり困難だろうと感じる。

『ロコツなリストラ』の日々は、一日を経るごとに毎日で徐々に派遣社員が減っていった。作業する工場建物内で名札のプレート板を、出勤と帰りでひっくり返すのが派遣社員の義務だけど。毎日で確実に減ってる『ひっくり返ってない名札』はまるで『お亡くなりになりました』とでも言うかのよう。『位牌』のように見えてしまう。『他の人はどんどん辞めてるのだぞ?』というのを無理やり見せつけられてるかのよう。

けれど、先に話した通りでこれは『現場監督者』の本心では無いのが明らかです。
早い話が『現場監督者』も『ロコツなリストラ』の迷惑を蒙ってる『被害者』のような状態ということなんですが。派遣社員はただ『辞める』ことができても、『現場監督者』に最も『リスク』がかかってしまうのが明らかなんです。『問題』を抱えた『派遣社員』をキレさせるのだから。『キケン』という文字が常に恐怖を感じていた事でしょう。最も『理不尽を蒙った』のは『現場監督者』です。ただでさえ残業手当だってまともではないようだし。工場の上層部は『世間知らずのお坊ちゃん』を薄々感じていたし、『責任の理不尽なほどの丸投げ』をされてる様子も伺えてたけど。そいや事件当時にテレビで『記者会見』をとりあえずやったとかを工場内で『噂話』として聞いた。そのニュースをテレビで見て、会見に出てる三人の顔ぶれ。やはりというか『世間知らずのお坊ちゃん』を印象として感じた。これでは『現場』の現証を納得したというか。

『ロコツなリストラ』の一ヶ月ほど前に『工場長』が工場内を一通り見て回っていたようで、僕も見かけた。ラインの動いてる最中もあって顔を覚えるほどは見なかったけど。社員さんが言うには『珍しいこと』だそうですが。前の工場長は『不具合が出るとすっとんできてた』そうですが。そうした『姿勢』からしてもやはり『不自然』に感じてしまうんですね。おそらく『リストラ予定の現場の下見』であったのでしょう。

背景・様相の話はこのぐらいでいいでしょうか。
次からようやっと本題部分に入れます。


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by taicyan0402e | 2014-03-28 11:32 | 体験関連 | Comments(0)

『自行』をやらず『行』だけやると?(発端辺りの自分)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)


昨日の記事では秋葉原の大事件に絡んだ事を話しましたけれど。
『ロコツなリストラ』の簡単な背景関連について。

犯人と同じ工場に『派遣社員』という同じ立場で従事していたあの当時の僕は『平常心』を失ってました。
それゆえ犯人の心境の一部はわからないでもないんです。
犯人はプライベートの悩みも絡んでいたにせよ、『事件にまで連鎖したキッカケ』は『ロコツなリストラ』にあったのが普通に考えてそうなってしまうから。『ロコツなリストラ』から『将来の悲観』というのが『プライベートの悩みをも悲観』と連鎖してしまった事から『暴走』してしまった様子が見えてしまうというか。

僕は結果的には年末の『派遣社員一斉解雇』まで居残ったんですけれどね。
予測はしてたけれど真っ先に『リストラ対象』となってましたけれど。
『予測』できたのは別に難しい話でもなく、派遣されて一ヶ月も経たず、任されようとしている工程の習熟中であった状態で、これはもう普通に考えてよほどの何かが無ければ『リストラ対象』になってるでしょうから。

派遣社員をみんな集めての『リストラ通告』のほんの数日前に、他の工場から転勤してきた年配の方が来た時に不思議に感じたのだけど。僕の『後釜』の方は人柄が非常に良かったせいもあったけれど、誠実に丁寧に教えてミスが無いかチェックしてました。

それからほどなく、後工程の一定区画を管理してる責任者が、僕のいる工程の『ミス』を言ってきました。「管理番号のようなシール」を貼ってる作業もあるのだけど、そのシールが剥がれ落ちてたという注意です。僕は一回も無かったし、『後釜』の方はそんなミスをするとはちょっと考えられなかったけれど、とりあえずラインが動いてる最中だから素直に謝って本人へ注意したんですけれど。内心では本人のせいではなく何かの間違いだろうと。

ところが、それから30分ほどで再度の「同じミス」を言ってきたんですね。それも僕を怒らせる目的に映ってしまい『不自然さ』を感じたんです。
いくらなんでも「幼児でもできるシールの貼り方」でそこまでのミスは異常過ぎたんで『あることを直感』しました。『直感』はおそらく合ってる確信があったので必要以上に丁寧にシツコイぐらい謝ったんです。怒り半分、同情半分の心境だったけど。

それで先方の責任者さんも『直感』したようで、『肩すかし』のような困惑ぶり。
そりゃそうだ。元々ミスでないものをワザワザ『ミスをでっちあげ』て僕を『キレさせる目的』であるのがここまで来れば明らかだから。そこまでは普通の人は感じるだろうけれど。

ここからさらに『プラス認識』があった。『平常心』を失いながらでいたから、常識や理屈などではなく『生命』が冴えていたからだろうけれど。ロクに『信心』を知らなくとも、学会二世という事もあって『学会員の成功体験談』はある程度は知っていたから『マネるのが正解』と直感して即座にそういう『対応』をした。教学でも理屈でもなく『感謝』『同情』というのが『成功へのキー』になってる共通点であるのは感じていたから。その『生命』でもってみんなと対するよう心掛けた。『感謝』『同情』というのは今だから明瞭に単語が出せるけれど、あの当時は『生命』が共鳴していただけであったけど。その感じていた『生命』が『感謝』『同情』というのはまだつい最近になって理解したことですけどね。こうした体験から自覚できるのだけど、理屈にまで理解が昇華されていなくとも『生命』ではけっこう『正しい姿』はちゃんとわかってる、という自分の実例になったというか。


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by taicyan0402e | 2014-03-26 10:49 | 体験関連 | Comments(0)

『自行』をやらず『行』だけやると?(前置き)

まだロクに信心がわからなかった頃の体験だけど。

数年前に秋葉原で大事件がありましたね。あのニュースの最初は日曜日の夜にテレビで見た。ニュースでは犯人の住所は『裾野』とだけ流れた。

『とうとう起きてしまったかf--;』

と僕は直感したんです。実をいうと僕はある工場に派遣社員として従事してました(犯人とは派遣元は違うけど)。いわゆる車のライン作業をしてる工場です。
あの当時の工場内は『ロコツなリストラ』が続いており、それは約二ヶ月ほど続きました(僕は組立課で犯人は壁を隔てた隣の塗装課)。組立課が人数が多く、こちらが先に『リストラ』が行われ、犯人の居た塗装課は一ヶ月遅れでリストラが行われたらしい。

工場側は、他の工場とかから人を転勤させて集めて、派遣社員のいる工程に『人の入れ替え』を行ったわけです。外された派遣社員は後釜の方の作業にミスが無いか『チェック』という作業の『立ちぼうけ』になってました。ライン作業ですから、前を見ても後ろを見ても綺麗に一列に並んだ『田んぼのカカシ』を見ているようだ。そんな異様な日々が延々と約二ヶ月も続いたわけです。当然それだけではなく他にも『リストラ目的のロコツなイヤガラセ』もあったわけだけども。

犯人の所属してる派遣元は、派遣の最大手のところでしたけど。たいがいは派遣元の人が派遣先にいる派遣社員の面倒をみる『担当』がいたりなんですけれど。犯人のいた派遣元からは200人以上とか聞いてたけど、それだけの人数をたった1人の『担当』がプライベートに至るまで全て把握などできるはずも無い。暗黙の了解というか、『工場側』でもそれは熟知してたはずですが。

それで『リストラ』の前の様子というか。
製造業の派遣先というのは、派遣先によって『方針』が二つに分かれますね。
『使える人』のみを残して他は早々に切っていくか『使えるように育てる』ようにして使う、という感じですね。この工場は後者の『使えるように育てる』という方針のようで、田舎の工場というのもあるのか概ね『家庭的雰囲気』でしたね。『社員』『期間工(期間社員)』『派遣社員』の三種類で人員がまかなわれてました。『期間工』には『社員』が嫌がる工程が概ねのようで、それであるから『派遣社員』は概ね『軽い作業』になっていたようだけど。

そういう『家庭的雰囲気』であったのが、組立課ではある日にいきなり派遣社員を集め『リストラ通告』をし、翌日から『ロコツなリストラ』が行われたわけです。おそらく犯人の居た塗装課でも、人数の規模が違うだけで同様に行われたでしょう。職場環境の急激な変化から犯人が『将来を悲観』したぐらいは容易に読めてしまうし、コレがキッカケで他の『個人的悩み』に連鎖するよう『将来を悲観の共鳴』が起きてしまった、と僕は見てます。これがたぶん『事件へ連鎖することになったキッカケ』でしょう。

『ロコツなリストラ』は約二ヶ月ほど続き、派遣社員が一気に半数ほどに減った辺りで『ロコツなリストラ』ではなく『緩やかなリストラ』になり、そのまま年末に『派遣社員一斉解雇』になったんです。『緩やかなリストラ』とは、雰囲気的にはほぼ平常に戻ったというか。年末の一斉解雇まで居るか、あるいは派遣元と相談して他へ移動するなり、そういう『緩やか』なリストラとなった。派遣社員の他の選択肢として『派遣元』をいったん辞め『期間工』として新たに工場に採用されるか、というのもありました。『期間工』は長く勤めれば『社員』へ自動的になれるとか。『長く』の基準はさすがに曖昧だけど5年とか10年とかになるんかな。


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by taicyan0402e | 2014-03-25 10:46 | 体験関連 | Comments(0)