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フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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by 太ちゃん
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カテゴリ:大白ノート( 3 )


大白蓮華2014年3月より

結局はまるで読んでいなかったりしてるf^^;
やっと時間が少しできたからじっくりと読んでいこうかと思う。
まるで信心がわからなかった当時に比べて、今なら読んで『価値』が理解できるようになった。

不思議なことに、組織と距離を置いているにも関わらず、いつの間にやら書いてある通りの行動に自分自身でなっていたりしている。

4ページより

★★★★★
戦時中、特高警察の陰険なる監視にも怯まず、獅子王の如く座談会を断行された牧口・戸田両先生が、一番大切に尊ばれたのは、体験談であった。
「道理証文よりも現証にはすぎず」(1468ページ)
いずこの天地の座談会でも、功徳の体験が生き生きと語られている。ここにこそ、何ものにも勝る「信心即生活」「仏法即社会」の偉大なる実証があるのだ。
恩師は、座談会に常に真剣勝負で取り組まれた。
「座談会は、仏と仏の集まりである。この崇高な集いから、あらゆる宿命を打ち破る力が沸き起こる。広布の未来を担い立つ地涌の人材が必ず現れる」と。
★★★★★

現在、掲示板を持っているわけだけど、このまんまの心境で取り組んでいます。
http://jbbs.shitaraba.net/study/12644/

河合さんにしても次のように講義をされておられます。
http://www.geocities.jp/bosatu2015/kawai1a.htm
★★★★★
仏法に形はない。どうやって説明するのか?自分が体験をして、生活・生命が変わった実証で相手に納得させるしかない。それが私たちの使命。 

湧出品に「地湧の菩薩というのは如蓮華在水」とある。蓮の花は泥沼で咲く。泥沼が深いほど大きな花が咲く。娑婆世界は泥沼。その中で功徳の花を咲かせ、幸せの花を咲かせ、生命の花を咲かせ、その実証で人を救うのが地湧の菩薩。だから功徳を受けて、証明をしなければならない。

どうしたら疑わないか?自分が体験したことは疑わないから信じる。この体験は活動体験ではなく功徳の体験。

願いを叶えて、その歓びを分けてあげましょう。それが広宣流布。功徳が無くて人に言えますか?
それは詐欺。仏法を語るのではなくて、信仰の歓びを語ること。歓びが伝わる。
★★★★★

結局、『(良い)結果が全て』なんです。
まずは自分自身で功徳に至るまでのプロセスを実体験をする、というのが最初の『課題』になるんです。
この時期は自分のことで手一杯で周りが見えにくくなっているものです。
そのため、ハタからは「問題児」のように映ったりします。実はこれは、必要なスキルを身につける時期の『仮の姿』です。『地涌の菩薩』というのは、どうやら最初から正しいことを行うのではなく『誤り』を自ら行いながら、自らの『実体験』から誤りの意味をしっかり理解するための期間です。ハタから「問題児」に見えても、真面目に修行してる姿です。

そこから『変毒為薬』へと変えていくプロセスを実体験していく中で、『体験談』となるものを自ら実体験をすることになるわけです。

見事成就した暁には、解決できた問題の部分について、他者を救っていける部分になるわけです。
解決できた部分ーこれが『使命』というものになるんです。また、解決できる『部分』ということなのでこれを『役割』と呼んでいます。

ここで追伸というか。
『他者を救う』のが基本的な使命なので、対人関係についても『必須スキル』となってしまう宿命のため、『地涌の菩薩のレギュラー的スキル』のようなものなんです。早い話、『必須スキル』であるから、学会員は概ね人間関係が『苦手』という状態が多いのです。まして今は二世・三世・四世までも居るような時代で「惰性」となって、鍛えられにくい状況下から「問題児」という『仮の姿』のままでいる人が多いわけです。

再度言いますが、『仮の姿』なのです。
仮の姿より脱皮した後に、やっと本来の姿の『地涌の菩薩』となり、『地域の幸福博士』となってしまうわけです。

御本尊は自分が変われるのをちゃんと『知って』おられます。
変わるためのキーは『感謝』の日常です。



by taicyan0402e | 2015-03-28 11:10 | 大白ノート

大百について

大百は読むと真面目な人ほど自然に『感謝』の心情になるよう構成されてるというか。

御書講義部分は最初になってない。御書を読む心構えというか、心境をつくるような構成になってるなぁと。もちろんハッキリと書かれてるわけではないけれど。

様々な方便は『感謝』をテーマにした修行に感じるというか。
悪影響の効果になってる欲望と煩悩までも含めて『感謝』をテーマに再整列化する修行なのかな?と最近は感じてるというか。

勤行・唱題は明瞭な儀式だけど、折伏にしてもそういう修行のように感じられるのだけど。

半年ほど前に『ある婦人部さん』が妙な事を言っていた。

『ひとりで御書を読むと頭がおかしくなる』

ほえ? 『御書根本』や『御書を拝す』とか指導があるではないか??

『大白がいいです』

???


今ならその意味はわかる気がする。
御書を拝する目的は『理屈』を知ろうという目的が普通だろうと感じるから。
大白は『御文を拝する心構え』まで網羅されているというか。

そこから察するに御文を拝するのは『大聖人様の生命』を自分に共鳴させるのが本来の目的ではないかと。理屈はそのためのひとつの方便として。

『ある婦人部さん』はたぶんこれが言いたかったのではないかと今は感じている。


by taicyan0402e | 2014-03-08 10:09 | 大白ノート

大白蓮華2014/2No.771・テーマ(出会い・同志対応・言葉と感謝)

いい部分を抜き出して引用していきます。
やっと読む気になりました011.gif
『興味』が起きて実際の行動になるまでがジレンマなんよ(笑)
こんな自分の性分なんてイヤっ!007.gif(笑)


●17ページ

出会いが、心を変え、境涯までを変えゆくことを、会長は誰より知悉している

出会いはわずかな時間かもしれない。しかし、会長は、力を振り絞る。元気になるように、思い出になるように。

「たった一瞬の出会いが、一生を決める場合がある。たった一言が、人生の転機にもなる」


※出会いをテーマに語られている部分です。が、「出会い」というだけのものではなく、すでに親しくなっている仲であっても常に出会いと同じ気持ちでいれば充実した仲を創る事につながるのではないでしょうか。


●18~19ページ

人には、必ず失敗がある。
それを責めて、落ち込ませたり、傷つけたり、それによって力を発揮できなくしてしまっては、それこそ責めた人の失敗である。

『角を矯めて牛を殺す』(少しの欠点を直そうとして全体をだめにする)

大きく希望を与え、目標を与えて伸び伸びと進ませる方がいい場合が多い。

心の深さで まったく言葉の力は違ってくる


※引用したのは特に最重要に感じた部分で「実践面」で大いに参考になる内容です。
※20ページもいい事が書いてあるものの、引用すべきか迷い、21ページの最初の行の言葉でまとめられてますので、それを最初に引用しておきます。


●21ページ

言葉の力は、心です

たった一言で、心からの思いやりが伝わり、心を揺さぶられることがある。
相手を思いやる心の深さである。その思いに、人は感動し、心を開く。心が動く。

言葉の力は、心です。心が根底にあるから、言葉が生きてくる。

同じことを言っても、言う人の心の深さで、まったく力は違ってくる


※言葉や理屈は「心」を伝える方便ということですね。
※「心」とは基本的には『感謝』の気持ちです


by taicyan0402e | 2014-02-03 15:13 | 大白ノート