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カテゴリ:宿坊の掲示板より(教義的)( 20 )


【凡夫こそが本仏】と須田晴夫さんのホームページ紹介

http://6027.teacup.com/situation/bbs/64059
凡夫こそが本仏 投稿者:臥子龍 投稿日:2017年 2月 9日(木)17時56分40秒

▼▼▼▼▼▼
法華経の智慧・神力品より

池田 大聖人は、この「釈迦牟尼仏」とは「忍辱の心」のことであると仰せだ。すごい生命論です。
娑婆世界は「堪忍の世界」です。耐え忍ぶ世界です。悪い機根の衆生が集まった国土であり、正しいことが正しいと受けとめられない。かえって迫害に遭ってしまう。

須田 日本は、その典型です。

池田 我が身を捨てて民衆を救う人が、かえって、いじめられる。「転倒の世界」です。その「難」を、また「侮辱」を耐え忍んで、なおかつ妙法を弘めるのが「忍辱の心」です。迫害されても、迫害されても、それにまさる不屈の執念で、魔軍を押し返し、押し返して戦い続けていくのです。

その「忍辱の心」こそが「仏界」であり、「釈迦仏」なのだと大聖人は教えてくださっている。十方世界の衆生が、その「仏界」を礼拝した。すなわち「広宣流布しきつていく心」を礼拝したのです。
今、広布に戦う私どもを、その「信心」を、必ずや大宇宙の仏菩薩が、賛嘆しきっておられるに違いない。

須田 法華経が説かれるまで裟婆世界は、救いがたき極悪人の集まりのはずだったのに、このようにして、まったく変わってしまいます。「(9)十方世界から種々の華や香や、ありとあらゆる宝物が娑婆世界に届けられ、雲のごとく集まって、一つの大きな宝の帳となった──カーテンとか、しきりとか、あるいは天蓋、大きな傘のようなものを想像してよいかと思います──それが十方の諸仏を覆った」と言うのです。
そして「(10)十方の世界の隔てがなくなり、一つの仏土になった」と説かれています。

遠藤 すでに寿量品で、「裟婆世界」こそが、久遠の昔から釈尊の「本国土」であると説かれていますね。その″娑婆即寂光″が現出したのです。


「忍辱の心」で戦う人が「仏」
池田 娑婆世界──一番苦しんでいる人のところへ行くのが「仏」です。皆と苦しみをともにしていくのが本当の「仏」なのです。それ以外にはありません。

坊主が偉いのか。断じて、そうではない。政治家や有名人が偉いのか。断じて、そうではない。役職が高い人が偉いのか。絶対に、そうではない。一番苦しんでいる人のもとへ走る人が、一番偉いのです。

ご主人に信心を反対され、いじわるされ、皆に悪口を言われ、それでも耐えに耐えて、皆の幸福を祈って広布へ動いている──そういう最前線の婦人部の方が偉いのです。

「仏」とは、その方の「忍辱の心」のことなのです。
ともあれ、戸田先生は″娑婆即寂光″について、「ここへきて仏法が、ひっくり返ってしまったのです」と言われていた。それまで説かれていたような、どこか速い「浄土」が理想なのではない。いつかすばらしい「別世界」に到達するのでもない。

永遠に、この苦悩うず巻く世界で生き抜き、「広宣流布へ」「広宣流布へ」と永遠に前進していく。その「忍辱の心」以外に「仏」はないということです。
娑婆即寂光は「国土」に即して言ったことです。それを「人」に即して言うと、じつは仏とは、現実には「菩薩仏」以外にないのです。

釈尊もじつは「菩薩」であり、同時に「仏」であった。そもそも「菩薩」とは、釈尊の修行時代の姿がモデルになっていると言われる。しかし、修行時代だけが菩薩だったのではない。いわゆる成道後も、釈尊は、みずからの悟った大法を弘めるために菩薩の行動を続けた。

内にあふれてくる「永遠の生命」を自受法楽しつつ、人々にその法を弘めるために行動したのです。「菩薩仏」です。
「それまでの仏法がひっくり返ってしまった」というのは、ここです。
要するに、成道後も、どこまでも「人間」であり続けたということです。
「人間に帰れ!」というのが法華経なのです。


~中略~

池田 「凡夫でしかない」──そういう言い方は、とんでもない間違いです。
そういう錯覚の黒雲を、大いなる涼風で吹き払ったのが法華経です。「凡夫でしかない」どころか「凡夫こそが仏なのだ」と。「人間こそが最高に尊貴なのだ」と。

この「法華経の心」を究極まで表現されたのが日蓮大聖人の次の御言葉です。

「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり、然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり」
「本仏と云うは凡夫なり迹仏と云ふは仏なり」


まさに「それまでの仏法がひっくり返ってしまった」御言葉です。凡夫が「本仏」、仏はその″影″である「迹仏」にすぎないと言われるのだから。″仏があって凡夫がある″と思っていたら、そうではなく、″凡夫があって仏がある″のだと。

仏法だけでなく、全宗教史上、驚天動地の宣言です。
どんな宗教でも、神仏などの「絶対なる存在」が上、人間はその下と考えるのが通例です。それを否定して、絶対者と思われている神仏は、じつは凡夫=人間の「影」であり、「用(働き)」であり、「人間のための手段」にすぎない──こんな宣言は他にありません。

まさに「人間のための宗教」の大宣言なのです。
歴史上、「人間のため」のはずの宗教が、いつのまにか「権威のため」の宗教に変貌してきた。その思想的な根っこは「神仏が上、人間が下」としたところにある。そう言えるのではないだろうか。


須田 聖職者が、「普通の人間よりも上」とされてしまう構造も、そこから生まれると思います。神仏が人間よりも「上」にいるから、神仏の「そば」にいるはずの聖職者は、一般の信徒より「上」にいるように錯覚してしまう。

斉藤 その意味では、大聖人の仏法では、本来、「出家が上、在家が下」などという発想が出てくるはずがありません。

池田 それはそうだが、「思想」と言っても、すべて「人」で決まる。
日蓮大聖人の仏法といえども、「人」が師弟の心を忘れれば、「人間のため」どころか、「人間抑圧のため」に使われてしまう。それは皆がよく知っている通りだ。

ともあれ、大聖人の御言葉が、全宗教史上、画期的な宣言であることは、いくら強調してもしきれない。仰ぎ見る対象であった「仏」が「迹」にすぎないというのだから──。
では、なぜ、そう言えるのか──。じつは、ここに神力品の″急所″もある。

釈尊から「地涌の菩薩」への「付嘱」とは、「凡夫こそが本仏」という意義を含んだ儀式なのです。しかし、あまり先走っても、皆よくわからないから(笑い)、段階を追って、学んでいこう。
ともあれ、「十神力」のような、″人間ばなれ″した説法も、日蓮大聖人はすべて、「人間生命」の現実に即して説明してくださっている。

生命論で言えば、「如来神力」の「如来」とは「宇宙生命」そのものであり、したがって「一切衆生の生命」そのものである。「如来とは一切衆生なり寿量品の如し」です。そして「神力」とは「神の力」であり「生命の力」である。なかんずく「仏界の大生命力」のことです。生きとし生けるものに本来、具わっている宇宙大の生命力を「如来神力」と言うのです。

この大生命力を地涌の菩薩が発揮して、「広宣流布」をしていく。その広宣流布というのも、この「如来神力」という大生命力を一切衆生に自覚させることです。

すなわち「地涌の菩薩」の拡大であり、「人間革命の連鎖」であり、「幸福拡大運動」です。その広宣流布の姿を先取りして示したのが、この「十神力」の説法です。

斉藤 たしかに、最後に十方世界が一つになり、すべての衆生が仏に帰命していくというのは「広宣流布」の姿ですね。

須田 「大事には小瑞なし」と言われますが、十方世界にわたる「瑞相」というのは、他に例がありません。

遠藤 大聖人は「此の神力品の大瑞は仏の滅後正像二千年すぎて末法に入って法華経の肝要のひろまらせ給うべき大瑞なり」と明快に示されています。

池田 それを今、私どもが現実にやっているのです。すごいことです。不思議です。大感激の人生だ。まあ、一般には「神通力」と言うと、超能力のようなものを連想するだろうが、そうではありません。大聖人は「利根と通力とにはよるべからず」と戒めておられる。

超能力などを基準にすると、″人間ばなれ″した特別な人を大事にすることになる。それは危険です。また、どんな超能力を示しても、問題はそれで幸福になれるかどうかです。
一般的にも、″特別な能力″に頼った人は、人間としての修行がおろそかになり、かえって不幸になる場合が多いものです。
▲▲▲▲▲▲

宿坊の掲示板のコメントから記事にさせて頂きました。
なお、文中に登場する須田さんはホームページをお持ちのようです。

http://www4.hp-ez.com/hp/haruosuda/
【須田晴夫のホームページ】


宿坊の掲示板では信濃町の人びとさんが紹介をされてました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57376
須田晴夫さんホームページはこちらです! 投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2016年10月 1日(土)16時07分14秒
より

……………………………
須田晴夫のホームページ
http://www4.hp-ez.com/hp/haruosuda/page2

論文と著書

ファイル宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察(PDF)
http://file.www4.hp-ez.com/haruosuda/file_20160922-132507.pdf

 創価大学教授・宮田幸一氏の見解に対して疑問を提示するとともに、日蓮本仏論の
 基礎づけを目指した論文

【著書】

『新版 日蓮の思想と生涯』(鳥影社) 2016年8月発刊  A5版481頁

『新法華経論 現代語訳と各品解説』(ラピュータ) 2015年5月発刊  A5版409頁

【プロフィール】

1952年2月 東京都生まれ
1977年3月 東京大学法学部卒業
2012年2月 団体職員定年退職
趣味 クラシック音楽鑑賞(とくに指揮者オットー・クレンペラーのファン)
……………………………


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by taicyan0402e | 2017-02-10 11:47 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

二月闘争(宿坊の掲示板より)

http://6027.teacup.com/situation/bbs/63705
宿坊の掲示板より

二月闘争 投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2017年 1月31日(火)19時35分20秒

昭和27年、若き日(24歳)の池田名誉会長は支部幹事の任命を受け
蒲田支部へ行かれました。当時、最も活力のある支部でも、月に
100世帯の折伏が限界でした。このままでは、戸田先生の大願であ
る「75万世帯」達成は誰の目にも不可能と思えた。

蒲田支部の支部幹事として任命された池田先生は拡大の突破口を開く、
師弟不二の必死の実践を貫きます。そして、任命の翌月の2月、蒲田
支部は限界を大きく打ち破る「201世帯」の未曾有の折伏を成し遂
げる事となるのです。

ここから波動が広がり、戸田先生の願業であった75万世帯の達成となる。
活動の限界を大きく打ち破る広布の歴史に不滅の金字塔を打ち立てました

◇◇◇

「雁行進を今月で打ち切りとする以上、来月からはどのような態勢で進ん
だらよいかといえば――驀進あるのみと私は答えよう。(中略)なすべき
時に、なすべきことを率先して着々と勇敢に実践するのが広布の途でなけ
ればならない。臆病者は去れ、と私はいいたい!」「人間革命5巻驀進」

この戸田先生の叱咤激励に、蒲田支部の支部幹事を兼任したばかりだった
若き池田先生は「201世帯」の折伏を達成し戸田先生の「75万世帯」
の折伏という願業の達成の先駆となった。この昭和27年2月「201世
帯」の折伏成果をあげた闘争を「二月闘争」と呼び、学会の伝統となりま
した。


新人間革命に見る二月闘争


「新・人間革命布陣二十一」

「ひとたび戦いを起こすならば、必ず勝つという伝統をつくっていただき
たいのであります。」今戦いを起こしたからには絶対に勝利し、師弟共戦
の伝統を創って行きたい。「新・人間革命平和の光三十七」山本伸一は、
戸田城聖の第二代会長の就任の日となった1951年(昭和26年)の5月
3日、戸田が宣言した75万世帯の達成という大指標を、片時も忘れるこ
とはなかった。それはまた、伸一自身の人生の目標でもあったからだ。し
かし、当時学会の折伏の進展は、戸田のその構想を実現するには、あまり
にも緩慢であった。大支部でも、折伏はひと月に百世帯が限界であった。

"このままでは、戸田先生の宣言は虚妄となってしまう"伸一は悩んだ。
・・・・戸田から蒲田の支部幹事として活動の指揮をとるよう指示された
のである。伸一は、戸田の決意を虚妄にしたくはなかった。いや、絶対に
してはならないと、心に深く決めていた。戸田に代わって、弟子の自分の
責任で、75万世帯は成就してみせると思うと、闘志がわき、力がみなぎ
るのであった。・・・・・師を求め、師とともに戦おうとする時、広宣流
布に生きる師の生命の脈動が流れ通うといってよい。・・・・・・そして、
この月、蒲田支部は二百一世帯という未曾有の折伏を成し遂げたのである。

"やればできる!"誰もが大歓喜のなかに、そう実感した。蒲田支部の壮挙
は、触発の波動となって全国に広がりこれが75万世帯達成への突破口と
なった。

池田先生のスピーチから

「1997年1月31日全国代表研修会池田名誉会長のスピーチより」
若き日に、私は地区の役職も、男子部の班長も、一つ一つすべてやりきっ
てきた。45年前、昭和27年の一月、24歳の私は蒲田支部の支部幹事
の任命を受けた。当時、学会の折伏は思うように進まず、戸田先生は「こ
のままでは、広宣流布は何千年もかかってしまう」と嘆いておられた。
ゆえに弟子の私が先頭にたって、折伏の山を登り始めたのである。・・・

私は、言った。「小泉支部長を日本一の支部長にしてみせます!」と。私
は、まず自分が動いた。自分が挑戦した。アパートの隣人達にも皆、仏法
を語った。この折りに入信された方々から、今も懐かしい便りをいただく。
そして任命の翌月の2月、わが蒲田支部は当時の100世帯の限界を一挙
に打ち破って、201世帯の日本一の弘教を堂々と果たしたのである。こ
こから全国に波動が広がり、戸田先生の願業であった75万世帯の成就へ
怒濤の勢いで前進が始まった。

学会興隆の原動力は永遠に青年の熱と力なのである。リーダーは、まず自
分が動くことである。自分が自分の目標に挑戦することである。自分がや
らないで人にやらせるのは、ずるい。それでは自分の成仏はない。自分が
祈り、自分が語り、自分が法を弘めた分だけ、自分の生命を梵天・帝釈が
守る。大いなる生命力がわいてくる。智慧と功徳が、慈悲がわいてくる。

「第19回本部幹部会池田名誉会長のスピーチより」
学会の「伝統の2月」も、ただ「戸田先生にお応えしよう」という一念か
ら始まったのである。当時は、戸田先生が会長になったものの弘教がなか
なか進まなかった。先輩達は威張っていたが何もできない。そこで戸田先
生が「しかたがない。そろそろ大作を出すか」と決断された。厳重たる師
匠の命令である。「やります。」私は師の心を抱きしめて走った。

そして、いっぺんに、弘教の突破口を開き「道」を開いた。そこから今日
までの広宣流布の「大道」が開いていったのである。この師弟不二こそ、
学会の真髄である。随筆・新・人間革命(236)2001.10.4

広宣流布の新布陣

さあ前進!また前進!
皆の先頭を行く名将たれ

「異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なし」(御書一四
六三㌻)〈異体同心であれば万事を成就し、同体異心である時は何事もか
なうことはない>これは、あまりにも有名な御聖訓である。この言には、
万般にわたって、また古今東西の歴史を通じて、不変の法理が光っている。

創価学会の組織は、「広宣流布」という、全人類の平和と全世界の人びと
の幸福を築きゆく生命体であり、行動体である。これほどの偉大な使命を
もつ組織は、永遠にない。この崇高なる法戦には、休日はない。多くの激
戦の山々を越え、常に勇猛精進し抜いていく、勇敢なる前進の仏の軍勢だ。
今再びの大前進を開始するためには、新たな活力と決意がみなぎる「布陣」
が必要だ。男子部も、男女学生部も、男女の未来部も、新リーダーのもと、
はつらつと新鮮なスタートを切った。

「女性の世紀」を先駆する婦人部も、女子部も、さっそうと笑顔の行進を
開始した。副理事長制が敷かれ、また方面、総県、県、区等にも多くの新
しき指導者が誕生した。現在、さらに本部、支部、地区など、第一線の組
織にも、充実の人事が進められている。この時に、大事なことは、「団結」
の二字である。詩聖タゴールが、「人は、仲間とよく力を合わすことがで
きないときには、ほんとうの能力(ちから)を失うものです」(森本達雄
訳)と指摘したように、団結なくして勝利はありえないからだ。

心を合わせることだ!祈りを合わせることだ!力を合わせ抜くことだ!

もちろん、役職によって、表舞台に登場する人、陰で戦う人など、担う
べき役割はさまざまであろう。しかし、皆が、尊き地涌の戦士である。
会長も、ブロック長も、広宣流布に生き抜く平等な「一兵卒」である。
そのうえで、学会の役職は「責任職」である。「広布拡大」を自らの使
命と定め、強敵と戦い、同志を守り抜く、勇者の紋章なのである。

ゆえに、役職を受け、その責任を遂行する学会活動は、汝自身の人間革
命を成しゆく尊貴な仏道修行となるのだ。



それは、西神田の旧学会本部の会長室であった。――当時の学会本部には、
きちんとした会長室などなかった。しかし、私は、戸田先生が常に指揮を
とられていた場所を、「会長室」と呼んでいたのである。「大作、薄田の
支部幹事になって、いよいよ始めてくれないか」昭和二十七年の一月、戸
田先生は、折伏の少ない毎月の成果の現状を見ながら、「そろそろ大作を
出すか」と、私を蒲田支部の支部幹事に任命された。先生が第二代会長に
就任されて約九カ月。この間、折伏の拡大は、師の思いに反して、遅々と
していた。いな、停滞していたといってよい。今こそ壁を被れ!勝利の突
破口を開け!私は、先生のご期待を、わが使命とし、猛然と決起した。

「任命から三カ月が勝負」である。戦いは、スタートダッシュの勢いで決
まる。怒涛の前進を誓い合った出発の会合は、大田の鵜の木の集会所であ
ったと記憶する。そこで私は、第一線のリーダーの皆さんに、まず具体的
な目標を訴えていった。「組で二世帯の折伏を!」戦いの第一歩は、明確
な目標を決めることだ。目標が漠然としていては、誰もが〝自分の挑戦課
題″として受け止めることができない。ゆえに結局は、真剣になれないも
のである。

また、目標を押しっけてはいけない。皆が「よし、やろう!」と納得でき
るようにすべきである。それには、中心者自身が、自分の責任で、たとえ
一人になっても、掲げた目標は断じて達成するとの、決意を定めることだ。
その決定した心に燃え盛る情熱の炎が、皆の胸に、広布に戦う心を燃え上
がらせていくのである。



当時は、「支部―地区―班―組」という組織の体制が整備されたばかりで
あった。「組」は最前線、今の「ブロック」である。最前線のリーダーに
自信と責任感を――それが戸田先生のお心であり、私も、ここに学会が飛
翔する焦点があると確信していた。支部の百人近い組長全員が主役に!皆
が勝利者に!一人が百歩前進するよりも、百人が一歩前進を!私は、一つ
の「組」も落とさない決心で、一人ひとりが功徳を実感できるようにと、
祈り、支部内を縦横無尽に走り回った。

新しい人材を見つけ、新しい力を結集する。そこに勝利のカギがあるから
だ。組織というと、人の顔が見えない大きな機構をイメージをしがちだが、
学会の組織は、あくまで「人」である。班や地区の幹部など、あらゆる幹
部が「組」に入った。座談会も、「組」なら顔が見える。指導も、「膝詰
めの対話」なら、各人の悩み等に的確にこたえていける。そのなかで発心
した一人ひとりが、雄々しく弘教に立ち上がっていったのである。



ともあれ、号令だけでは、誰も動かない。いわんや、人間は感情の動物だ
ともいわれる。嫌々ながらでは、本当の力など出るはずもない。まして、
支部幹事とはいえ、私は二十四歳の青年にすぎなかった。どうすれば、皆
が本気になって総決起してくれるのか。それは、全責任を担った、若き私
の行動だ。自らの必死の汗だ。そして結果だ。その姿に、同志は喝采を送
り信頼を寄せてくれるのだ。わが姿を見よ!わが戦いを、しかと見てくれ!
青年らしく、戸田門下生らしく、私は決然と立ち上がった。

そして奮闘した。御聖訓には、「例(ためし)には他を引くべからず」
(同一二二〇㌻)とも仰せである。他人ではなく、自身の戦う姿が共感と
納得を生むのだ。



支部幹事の私と、支部長の小泉隆さんとは、よく連携を取り合い、戸田
先生の構想実現へ、心を合わせていった。支部幹事は、「副役職」であ
る。支部長と同じ目的観、同じ理想に立ち、支部長を補佐するのが役目
である。「支部長を支え、必ず日本一の支部に!」私は、支部幹事の模
範をつくろうと戦い抜いた。「位置が人を高尚にせず、人が位置を有名
にす」とは、西洋古代の蔵言である。役職が、人を輝かすのでは断じて
ない。人が、役職を光り輝かせるのだ。役職によって自分が輝くと考え
るのは、〝権威主義″である。

「虎の威を借る狐」の生き方であり、結局は、役職の価値を下落させる
ことになる。一カ月後、この二月の戦いの結果が発表された。わが蒲田
支部は、二百一世帯の堂々の第一位!当時、一カ月で百世帯を超える折
伏もできない支部が、ほとんどであった。その限界を悠々と突威して、
大勝利を飾ったのである。つまり、「組二世帯」という前代未聞の折伏
を達成したのだ。皆が唖然とした。いかなる苦難の山々を越えようが、
勝てば、いっさいは歓喜と充足に変わる。皆の顔が、それはそれは紅潮
し、喜び勇んでいた。なかには、躍り上がっている組長もいた。その姿
が、何よりも、私は嬉しかった。

――来年五十周年となる「二月闘争」のことは、これまでも語ってきたが、
大事な歴史であり、再度綴らせていただいた。



「活動することが人間の第一の使命」(山崎章甫訳)と、文豪ゲーテは言
った。さあ、行動開始だ!わが広宣流布の尊き名将たちよ!完勝で飾った
二十一世紀の第一ページに続き、汝自身の新たな前進と栄光の功徳の歴史
を、堂々と書き続けていってくれ給え!

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by taicyan0402e | 2017-01-31 22:29 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

立正安国論の指導原理について ~3~

http://taicyan42e.exblog.jp/23527076/
立正安国論の指導原理について ~2~
の続き

【立正安国論の指導原理について】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16893
安国論は、あくまでも民衆の側に視点を置き、権力者の実像を白日のもとにさらします。

そして、そのような非道を行う権力者のもとでは、
三災七難に象徴される数々の災害が起き、国家は衰退するというのが、大聖人の根本思想なのです。

さらに主人は、仁王経・涅槃経の文証を通して、
僧侶の悪の本性をあぶり出していきます。

今度は、その中で三つを見ていきます。
これも先ほどと同じように学会に引き当てて解説します。

「諸の悪比丘多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て、自ら破仏法の因縁、破国の因縁を説かん。
其の王、別えずして、此の語を信聴し、横に法制を作つて仏戒に依らず。是れを破仏・破国の因縁と為す」(二一頁)

――もろもろの悪い幹部は、
多くの名誉や利益を求めて、政治家や経済界や、各分野の権力者の前で、
自ら創価思想を破るシナリオ、国の法律を破るシナリオを話すであろう。

その政治家は、
それらの話のシナリオをわきまえることができなくて、その言葉を信じ、
道理にはずれた自分勝手な法制を作って、先生の立党精神や学会指導によらない――と。

また、
「悪世の中の比丘は、邪智にして心諂曲に、未だ得ざるを為れ得たりと謂い、我慢の心充満せん」(同頁)

――悪世のなかの幹部は、
邪智で心がひねくれて、学会指導に忠実ではなく、
今だに現場の会員の苦労も、信心のこともわかっていないのに、
自分は悟りを得ていると思い、自分の『我』をはる心が充満している――と。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16894
そして、
「我、涅槃の後、無量百歳に四道の聖人、悉く復た涅槃せん。
正法滅して後、像法の中に於て、当に比丘有るべし。
像は律を持つに似て、少かに経を読誦し、飲食を貪嗜し、其の身を長養し、袈裟を着すと雖も、
猶猟師の細視して徐行するが如く、猫の鼠を伺うが如し。常に是の言を唱えん、我羅漢を得たりと。
外には賢善を現し、内には貪嫉を懐く。唖法を受けたる婆羅門等の如し。
実には沙門に非ずして、沙門の像を現じ、邪見熾盛にして、正法を誹謗せん」(同頁)

――日蓮大聖人が入滅して、七百数十年という長い年月が過ぎると、
仏法を正しく弘めた「初代・二代・三代」の師匠もことごとく入滅するであろう。

師匠がいたころの活気に満ちた時代が過ぎて、学会活動も形式ばかりになり、
いよいよ学会組織自体に信心がなくなっていく末期になると、次のような幹部が現れるであろう。

その幹部は、外面は師匠の指導を守っているように見せかけ、
少しばかり題目をあげているけれど、飲み食いにどん欲で、わが身だけを思っている。

その幹部は「本部職員」という仮面を身にまとっているけれども、
会員の財務をねらうありさまは、猟師がえものをねらって、細目に見て静かに近づいていき、
猫がねずみを取ろうとしているようである。

そして、つねに自分は「師弟不二の精神を体得している」といい、
外面は賢人・聖人のように振る舞っているが、内面はむさぼりと嫉妬を強くいだいているのである。

教学のことなど質問されても答えられない有様は、
日顕宗の坊主が学会員に責められて黙りこんでいる連中のようである。

実際には、本物の弟子でもないくせに、幹部の姿をして、我見が強く威張りちらしている。
そして師匠の心を殺している――と。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16895
以上、三つを見てきましたが、主人はこの経文をあげた後、
「文に就いて世を見るに、誠に以て然なり。悪侶を誡めずんば、豈善事を成さんや」(同頁)と訴えています。

つまり、
この文証によって、今の学会組織の様相を見たら、まことに経文どおりではないか。
このような腐敗だらくした幹部を戒めなければ、どうして学会を護ることができようか、
どうして先生の思想を護ることができようか、と訴えているのです。

この経文は、現代の宗教界の実態を浮き彫りにしているものです。
その中でもっとも悪質なのは、宗教家を装う宗教事業家、つまり宗教屋です。

特に日顕宗をはじめとして、日本全国の寺々は、布施をもらうための寺であり、
宗教屋は、ただ偉そうに飾り立てて金を集めるのが目的です。

「善事を成さん」という善事とは、一般大衆を真実の幸福へ導くということです。

学会に、もしこんな悪い幹部が出たら、会員のために、
その幹部を追放するのが「善事を成さん」ということなのです。

立正安国論について語りたいことは、まだまだ山ほどあります。

日本が世界が、今だかつてない自然災害の脅威にさらされ、
民衆が苦悩している今だからこそ、心ある会員がこの書を研鑽し、
一人一人が主体者となって実践していく時ではないのかと思います。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16896
では、そろそろまとめに入っていきたいと思います。
ここまで、怒りながらでも黙って聞いていた客は、
今の主人の主張を聞いてどんな反応をしたのでしょうか。

その答えは「客、猶憤りて日く」でした。
つまり、前にも倍する勢いで怒ったということです。

なぜでしょう。なぜそんなに怒ったのでしょうか。
学会員に置き換えて考えてみてもそれは当然です。

客――つまり会員からすれば
「私たちが信頼している公明党は、今や日本を動かす政権に入って、
国民のために、いろんな制度や法制を作って働いている。

学会首脳陣も、正しき道理か否かを明確に、
公平に、立て分け、組織運営をしている。

今の学会の首脳陣たちは、池田先生の弟子であるし、
全会員が全幅の信頼を寄せている。

もしその首脳陣たちが悪い幹部であれば、誰も信じないはずだ・・・・・。
そのような妄言を吐いて、学会を誹謗し、いったい、誰のことを悪幹部というのか。
それを詳しく聞きたいと思う」(二一頁)というのです。

この客の反論を聞いて、その後、主人は、具体的に
「法然」の名前をあげて「選択集」の悪思想を破折していきます――。

さて、ここで「客の反論」の本文を見ていきましょう。
「明王は天地に因りて化を成し、聖人は理非を察して世を治む」(二一頁)

――明王は治世について天地の道理に即して民衆を化育し、
聖人は、理と非理を公平に立て分けて行政を行う――とあります。

客は、当時の社会の政治的指導者、
思想的指導者に全幅の信頼を寄せてこのようにいったのです。

しかし、この文をちがう角度で読むならば、大聖人は、客の問いを通して、
本当の指導者のあり方を語られている、ということも考えられます。

事実、この文は、社会の指導者のあるべき姿を明確に示されているものです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16898
ここでいう明王とは、鎌倉時代においては幕府の権力者です。
しかし、現代に当てはめれば、為政者や社会の指導者のことです。

また、聖人とは、仏法上の指導者を意味しますが、
広くいえば、これも社会の指導者と考えられます。

「聖」の字には、耳の穴がよく通って、
ふつうの人の聞こえない声までよく聞くことができる、という
意味があるところから、民衆の声なき声をよく聞き、
民衆を正しく導いていける指導者も「聖人」といえるでしょう。

「明王は天地に因りて化を成し」とは、
一国の指導者、為政者というものは「天地に因りて」
これは宇宙のリズム、社会のリズム――。

つまり、社会の動き、動向、民衆の微妙な心、
要望、時代の潮流などを察知していくということです。
また、社会の構造や機構を調和させていく事とも考えられます。

「化を成し」の、化の元意は、
「徳を以って人民を導き感ぜしめ、善良なる風俗習慣を作る義」です。

抽象的ではなく、具体的に時代に応じ、社会を繁栄させ、
民衆の生活を安定させていく事が出来るということです。

それは、特定の理論や主義によって議論したり、机上の空論に走るのではなく、
どのようにして、民衆を指導し、幸せにしていくかということを考え、
実行するのが真実の指導者、為政者の最大の課題であり責任です。

しかし、実質はどうか。
同志である公明党が、政権を担っているとはいえ、いつも民衆から遊離した政治、
私利私欲のために民衆の不幸をなんら顧みようとしない政治家もいます。

もし公明党もこのような、ほんの一握りの人びとのために、
多くの大衆を犠牲にしているような政治の現状を招いたならば、
はたして、本当の政治的指導者と評価されるでしょうか。

そうならないためには、組織まかせではなく、全会員が政治家を監視し、
まちがいがあれば、道理を尽くして正していく対話が必要なのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16899
「聖人は理非を察して世を治む」――。
ここで理非を察してとは、正しき道理であるか否かを明確に分け、
さらにそれを社会の根本理念としていかなければならないということです。

しかもその道理とは、人間としての道理であり、
より根源的には、生命の哲理でなければなりません。

「世を治む」とは、その学説、主張、研究、抱負などを具体的に、政治や社会に反映させ、
あくまでも民衆の生活の安定を目標としていかなければ意味がないのです。

政治、学問、学会組織は、何のためにあるのか、
その帰着するところは「民衆の幸福の実現」にこそ、その要諦があるということです。

池田先生がつねに「人間の、人間による、人間のための・・・・」
という指導をするのは、この原理によるものです。

しかし、現在のあらゆる社会機構の現状はどうでしょうか。
理非を察してではなく、利害を根本として、社会が、組織が、運営されている観があります。

そして、恐るべきことは、そのような政治や社会や組織であっても、
それを何とか改革していこうという気力さえ、民衆の大半が喪失してしまったことです。

これが、民衆の生命それ自体が濁りきった姿なのです。
これを打開する方途が見いだされないかぎり、
腐敗した土壌に、いつも劣悪な政治が繰り返されるだけです。

人間性を無視した政治が行われるのも、
人間性を無視した学会組織にするのも、
結局その底流は、民衆や会員の無気力と惰弱な生命にあるのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16900
では、明王と聖人は何によって生ずるのでしょうか。

政治にしても、経済にしても、教育にしても、
これらは「人間」の営みであり、人間生命の具体的な表現です。

この人間生命を正しい方向に導き、変革し、
最高に輝かせていく方途は、日蓮仏法しかないでしょう。

その仏法を教える人が、仏法上における「聖人」の立場です。
過去の歴史を見ても、民衆のことを思い、国家のことを考えて、
政治を行う指導者が現れたときは、その国が繁栄し、国力も富に充実していました。

しかし、悪い為政者に支配された時の国家や国民は、悲惨な目にあわされています。
その善悪を決定したものは、指導者が持った「法や理念」の正邪、高低です。

さて、その後主人は、客に対して、法然のどこが悪いのか、
法然の思想書である「選択集」の何がまちがっているのかを、
道理と経文を通して、順々と説いていきます。

そして客は、主人の主張に理解を示し落ち着きを取り戻していくのです。
「客、則ち和いで曰く」(二七頁)がそれにあたります。

しかし客は、すべての主張に納得したわけではありませんでした。

客は
「確かにあなたの言うように、法然の『捨閉閣抛』という思想は、
経をないがしろにし僧を誹謗していることになる。

だからといって、あなただって法然の思想をないがしろにして法然を誹謗している。
これは同罪ではないのか。

あなたと法然とは、どちらが賢いのか愚かなのか、
どちらの主張が是なのか非なのか、自分には判断ができない」(同頁)と述べます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16902
学会に置き換えて言うと、
「確かにあなたの言うように、一部の幹部は権威主義に陥り、
御書と先生の指導を中心としないで会員に我見の指導している。

だからといって、あなただってその幹部の指導をないがしろにして幹部を誹謗している。
これは同罪ではないのか。

あなたと一部幹部の主張とは、どちらが正しいのか自分には判断ができない」ということです。

しかし、よく考えてみよう。
大聖人は「法に依るのであって人によってはいけない」と言い、
池田先生は「権威主義・形式主義ではいけない」と常々言っています。

しかし、御書と池田先生の指導を中心とせず、権威主義・形式主義による組織運営や、
我見の指導を流す「害毒」の大きさは、計り知れないものがあります。

「一部の幹部は権威主義に陥り、
御書と先生の指導を中心としないで会員に我見の指導している。
だからといって(本文「其の誹謗を成せども」)」と、客(会員)は言う――。

しかし、誹謗とは、善いものを嫉んで悪くいうのが誹謗なはずです。
悪を悪と断じ、その罪を糾弾することは、むしろ正義を守るための絶対必要条件です。

もしも、悪を追及することが禁じられるなら、いったい世の中はどうなるのか――。

警察は活動を停止し、裁判所は門を閉じて、悪人は「わが世の春」とのさばり、
善良な民衆は不幸のどん底に突き落とされるにちがいありません。

こうした国法上の混乱にもまして、もっとも恐ろしいことは、仏法の正義が失われることです。

だから、どんなに嫉妬され、迫害され、弾圧されてもそれを恐れず、
勇敢に、護法のため、民衆や会員の幸福のため、社会の繁栄のため、
世界平和のために正義をかかげて、進まなければならないのだと思います。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16903
大聖人は客に語らせます。
「天下泰平・国土安穏は、君臣の楽う所、土民の思う所なり」(二六頁)

――あらゆる民衆が互いに強調し合い、
仲良く生活を楽しんでいくことや、
自然災害に侵されない安穏な国土になるのは、
指導者も民衆も、すべての人々が等しく願うところです――と。

これは、いかなる時代、いかなる国家を問わず、社会の平和と国土の安穏、
そして民衆が安心して生活に勤しみ、人生を楽しんでいける社会の実現が、
指導者も民衆も共に「願う」ことであるという原理です。

自然環境も含めた国土の安穏こそ、
大聖人の目指した真実の「安国」であり、そのための「立正」なのです。

さらに、客に語らせます。
「国は法に依つて昌え、法は人に因つて貴し。
国亡び人滅せば、仏を誰か崇むべき、法を誰か信ずべきや。
先ず国家を祈つて、須く仏法を立つべし。
若し災を消し、難を止むるの術有らば、聞かんと欲す」(同頁)

――国家は法によって栄え、法は人によって尊いのである。
国が滅び、人々が減ずるならば、仏を誰が崇めるであろう、法を誰が信ずるであろう。
まず国家の安泰を祈って、しかるのち仏法を立てるべきである。
もし、そのような災難を防ぎ、国家繁栄の術があるならば聞きたいものである――と。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16904
まず、
「国は法に依つて昌え、法は人に因つて貴し」とは、
国の繁栄、民衆の興隆は、必ずその根底となる法、
つまり思想の高低、浅深によって決定されるという原理です。

これは客の言葉ですが、重要な真理をあらわしています。

そして
「法は人に因つて貴し」とは、
いかなる法も、それを実践する人の「実証の姿」いかんによって、
流布もするし、消滅もするということです。
これは、受持の人、実践者の重要性を意味します。

法をたもっている人が幸福になり、福運を積んでいくことによって、
その法の偉大さが証明されるのです。

反対に、法をたもっている人が凶悪となり、残忍となり、
自ら悲惨な末路をたどって滅び去ることは、その法の低級さの証明です。

すぐれた法をたもったとしても、まだ充分に身につけることが出来ず、
その人の行動の一部を支配しているのみで、大部分の行動は相変わらず、
古い考え方、低い法によって行動している人が大勢います。

そういう人たちを指導し、育てていくのが学会幹部の責任と使命だと思います。

次に
「先ず国家を祈つて、須く仏法を立つべし」とは、
国が滅び、人が死んでしまったら、仏法を信奉することができません。
だからまず、国家や社会を安定して、その後、仏法を立てるべきであるとの客の言葉です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16905
この客の思想の根底には、政治が「主」で、宗教は「従」という考え方があります。

客とは、為政者になぞられているから当然かもしれませんが、
こうした考え方は、現代社会においても当然のように考えられています。

たとえば「政治体制を変革しなければ、民衆の幸福はない」という議論です。

その底流には、宗教や思想を単なる気休めや、
精神修行ぐらいにしか考えない思想認識の無智です。

「体制が優先だ」という人は、政治や体制によって戦争を絶滅し、犯罪を減らし、
真実の恒久平和と民衆の幸福を実現する確信があるのでしょうか。

そんなものは、考えなくても過去の歴史を見れば惨憺たる有様です。
しかも、いつの時代も、どの国の民衆も、平和を望む心に変わりはありません。

それなのに独裁者の野心と権力の前に、民衆はいつも惨めに屈服し、
恐怖が渦巻いて戦乱のなかに自滅していきました。

戦争を憎み、平和を渇望するのも人間の心です。
戦争を起こし、戦争で利益と名誉を願うのも、また同じ人間の心です。

そう考えると、この人間の心を動かし、悪思想を追放し、民衆の英知の団結で、
すべての人間の幸福を勝ち取っていく世界平和の実現は、法によって決定されていくのです。

客の最後の言葉として
「もし、そのような災難を防ぎ、国家繁栄の術があるならば聞きたいものである」――と。

これを聞いた主人は、何と答えたのでしょうか。
それを最後に見ていきたいと思います。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16906
まず本文です。
「余は是れ頑愚にして、敢て賢を存せず。唯、経文に就いて聊か所存を述べん。
抑も治術の旨、内外の間に、其の文幾多ぞや、具に挙ぐべきこと難し。
但し仏道に入つて、数愚案を廻すに、謗法の人を禁めて、正道の侶を重んぜば、国中安穏にして天下泰平ならん」(二七頁)

――あなた(客)は、
賢いのか愚かなのか判断できないと言われたが、
自分はもとより愚かでなにも賢いわけではない。

ただ釈尊の経文について、少しばかり考えていることを述べてみたい。

そもそも災難を対治する方法については、
仏法の教典にも、仏法以外の書にも、たくさん説かれており、
残らずここにあげることは、到底出来ない。

ただし仏道に入ってしばしば自分の考えをめぐらしてみると、
結局、謗法の人を退治し、正法護持の人を重んずるならば、
国中は安穏となり、天下は泰平となることは明白である――。

これを学会に置き換えてみれば、
「あなたの言っていることが正義なのか、
幹部の権威が正義なのかは判断できないと言われたが、
自分はもとより愚かで若輩者で賢いわけでもない。

ただ日蓮大聖人の御書を研鑽し、池田先生の指導を研鑽して
少しばかり考えていることを述べてみたい。

世界平和を実現し、自然災害を消滅させる方法については、
御書や池田先生の指導にも、また、世界の知性の書にも、たくさん書かれており、
残らずここにあげることは、到底出来ない。

ただし、学会で訓練を受け、学会活動に励んでいる中で、
自分が最近思っていることは、結局、権威主義の幹部、堕落した幹部、
悪いことをした幹部の悪事を正し、注意し、追放するか、
もしくは何らかの処置をしなくてはならないと思う。

そして、御書どおり、池田先生の指導どおりに実践し、誠実で、
公平に物事を判断して組織運営をしている幹部や、会員を人材登用していけば、
組織に活気がみなぎり、さらに自然災害も収まっていくことは明白です」――。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16907
客の「三災七難を消し止める方法とは」の問いに答えて、
主人はその解決策の結論の極理を述べていきます。

それが「謗法の人を禁めて、正道の侶を重んぜば」です。
そしてその後、それを法華経、涅槃経の文を引いて論証していくのです。

日蓮大聖人は、立正安国論のなかで一つ一つ経文を引いて裏づけ、
経文を示して結論を導き出していきました。

安国論に示された指導原理は、すべて事実の証拠と、
経文による裏づけと、哲学的論理性があります。

だから、いかなる時代になろうとも、
いかなる国土においても、時代を超えて共通する大原理です。

安国論は、単なる歴史的文献でもなければ、文学的にもてあそぶ著述でもありません。

七百年後の今日にもそのまま通じ、民族の興亡と経済的対立、
思想的、軍事的対立に苦悩する全人類に対する「警告の書」です。

客はその後、主人の経文を通した主張に納得していきました。
そして最後に、客は決意を述べて、主人との対話を終了します。

その最後の決意こそ、日蓮大聖人の決意であり、
創価三代の師匠の決意であり、全会員の決意です。

これを最後に記して終わります。

「唯、我が信ずるのみに非ず。又、他の誤りをも誡めんのみ」(三三頁)

――ただ自分一人が信ずるのみならず、他の人たちの誤りも戒めていきたいと思う――。  完


~1~へ

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by taicyan0402e | 2016-10-03 09:07 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

立正安国論の指導原理について ~2~

http://taicyan42e.exblog.jp/23524052/
立正安国論の指導原理について ~1~
の続き

【立正安国論の指導原理について】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16857
小説『人間革命一巻』には
「愚かな指導者に率いられた民衆ほど哀れなものはない」――とあるように、
指導者の誤りほど恐ろしいことはありません。

指導者の誤りは、国内を混乱させ、民衆を不幸のどん底に落とします。
さらには、国を滅亡に導き、民衆をしてその後、何百年、何千年と悲劇の道をたどらせることにもなるのです。

だから、個人の幸福を説く仏法が、単に個人にとどまらず、
指導者と仏法の関係を強調するのは当然のことです。

誤った指導者が、いかに民衆を不幸のどん底にし、
社会を滅ぼすものであるかは、古今の歴史がよく物語っています。

宗教界においては、日本天台宗しかり、日蓮正宗しかりです。

立正安国論に示されたこの四経(金光明経、大集経、仁王経、薬師経)の文は、
指導者こそ、正法をたもたなければならないことを教えているのです。

そして主人は、
「以上のように、この四経の経文はまことにはっきりしている。
誰人たりとも、これを疑うことはできない。

しかし、道理に暗く、法の正邪の区別がつかない人や、
正邪に迷っている人が、邪説を信じて正しい教えをわきまえず、
すべての諸仏や衆経に対して、無関心になり、捨て、離れる心をおこし、仏法を護る志がない。

そのため、諸天善神も聖人も、その国を捨てて他所へ去ってしまい、
かわって悪鬼、外道が災難を起こすのだ」(二〇頁)と結論するのです。

災害の起こる理由は、
第一に、人々が悪思想を信じること。
第二に、そのために道理が通らなくなり、弱肉強食の力の論理が幅を利かす社会になること。
第三に、悪思想が社会に蔓延し災難が起こること、の三つです。

これを道理と経文によって、主人は明らかに示していきました。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16858
ここで私たち会員が、もっとも注意し大事にしなければいけないのは、
大聖人が経文を第一に引かれる深意です。

実際、この立正安国論全体の構成を見ても、全文の五十一%が「経文と釈論」に費やされ
「主人」のところだけを見ても、主人の主張が三十六%、経文が六十四%に費やされていることです。
この事実からも大聖人がいかに経文第一に、仏法を実践していたかがわかります。

これを明鏡としてみた場合、私たちはどうでしょう。
――御書根本に、池田先生の指導通りに信心を実践し学会活動していますか。
会員に、自身の我見や経験知だけを押し付けていませんか。
組織至上主義に陥っていませんか、権威主義に陥っていませんか――。

創価学会は、永遠に人間主義であり、平和主義であり、対話主義です。

その根底は日蓮大聖人の立正安国の思想であり、創価三代の思想・指導が根本なのです。

さて、この結論を聞いた「客」は、どんな反応をしたのでしょうか。
今度はそれを見ていきたいと思います。

結論を聞いた客は「色を作して曰く」(二〇頁)とある通り、顔色を変えて怒ったのです。

なぜでしょう。
なにが客を怒らす原因になったのでしょうか。

それは「道理に暗く、法の正邪の区別がつかない人や、正邪に迷っている人が、
邪説を信じて正しい教えをわきまえず、すべての諸仏や衆経に対して、無関心になり、
捨て、離れる心をおこし、仏法を護る志がない」(同頁)と言ったことに怒ったのです。

客からすれば、
「中国から日本に仏教が伝わって来たとき、仏教を排除しようとした物部守屋を聖徳太子が退治し、
仏教を興隆させたではないか。その後は多くの寺院を建立し、天皇から万民にいたるまで、
仏像を崇め、経巻をひもとき、読誦してきた。

そして多くの僧たちは教法を守り、教法を尊ぶ伝統を今日まで伝えている。
それなのに、釈尊一代の教えを破り、汚し、仏法僧の三宝を廃し、
仏法がないとは、誰が言えるのか。
もし、その証拠があるなら、詳しくその理由を聞きたい」(同頁)と怒りながら反論したのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16859
私たちに置き換えて考えても、この客の反論は納得できます。

もし主人から、
「今の学会員は道理に暗く、法の正邪の区別がつかない会員や、
正邪に迷っている会員が多い。
組織の言うことは絶対に正しい、まちがいはないと、ただ盲目的に信じて自分では何も考えない。
御書や池田先生の指導をわきまえず、
教学を研鑽することも、学会の歴史を知ることも無関心になり、
日蓮大聖人の精神や池田先生の思想を護る志がない」
と言われたらどうでしょう。

当然、客と同じように、
「日蓮正宗が、大聖人の精神を失いかけたとき、牧口先生が命を懸けて守り、
それ以来、創価学会は三代に亘る会長を先頭に、日蓮仏法を全世界に興隆させたではないか。

多くの会館を全国に建立し、今や政権与党の政治家から万民にいたるまで、
日々、御本尊を拝し、勤行・題目を唱えている。

そして多くの本部職員が誕生し、池田先生の思想をまとめる仕事をして守っている。
御書や先生の指導を学ぶ伝統の教学試験も実施し、今日まで伝えている。

それなのに、日蓮大聖人の教えを破り、汚し、仏法僧の三宝を廃し、
学会に仏法がないとは、誰が言えるのか。

もし、その証拠があるなら、詳しくその理由を聞きたい」といって怒るのは当然です。

ちなみに『仏法僧の三宝』を簡単に説明すると、
仏宝とは「主師親の三徳をそなえられた仏」、
法宝とは「その仏の説いた教法」、
僧宝とは「伝持の人」ということです。

「三宝を廃す」とは、それが滅びるという意味です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16860
ここからは非常に大事なところなので、よりわかりやすく理解してもらうため、
私たちの学会組織に置き換えて考えていきたいと思います。

なぜなら、近い将来、学会から師子身中の虫が出ないとも限らないし、
事実において過去に公明党首脳陣からも、学会首脳陣からも反逆者を出した経験があるからです。

では始めます。
まず、現在の学会組織に仏法があるかないか。
この点で主人と客の見解が食い違っています。

客は、創価学会が誕生して以来、八十数年にわたって会員を倍増し、
初代・二代・三代・四代・五代・六代と会長が誕生し、日本全国はもとより、
世界各国に創価学会の会館を建立してきました。

今や日本の政権を握る政治家も含め、
あらゆる分野の指導階級から庶民までもが信仰に励んでいる。
それにも関わらず、どうして創価学会に仏法がないというのか――。

これに対して、
主人は、そのように万人が信仰をしているが、
御書や先生の指導とちがうことを言う幹部がいても、
誰も何も言わず、黙ってその幹部の言うことに従っている。

法に照らして、先生の指導に照らして、悪は悪と言いきる者がいない。
また、それを指摘すれば反逆者扱いにしてしまう風潮があるのに誰も何も言わない。
しかも責任ある幹部が愚かで、誰も責任を取ろうとしない。

無智で、世間知らずで、仏法の正邪を見分けることができないから、
ますますそのような保身の幹部がのさばり、ずる賢い幹部だけが栄えているのだ――と諭されています。

この「主人・客人」の考え方の根本的な違いは、客が形式主義にとらわれているのに対し、
主人は、実質を論じ、権威主義・形式主義を排して、仏法の正邪、高低、浅深という問題の核心にふれていることです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16861
日蓮大聖人の時代から今日にいたるまで、一貫して変わらないことは、
人々は宗教を論じるときに、あまりにも形式にとらわれ、宗教家と名がつく者、
学会であれば、幹部と名がつく者は皆、善知識だと決めてかかって、
宗教・思想の正邪、高低、浅深に、驚くほど無頓着なことです。

これが組織悪を許す根本原因なのです。

しかし、この権威主義、形式主義にとらわれ、実質を見失うのは、人間の弱点でもあります。

かつて、西洋でもキリスト教会の「宗教的ドグマ(教義)」「教会の権威」は、
未知の世界を知りたいという人間の自然の心の発露を、巨大な圧力で押しつぶし、
真実を叫ぶ偉大な知性をも葬り去り、思想の高低、浅深を論ずることを許さず、
権威と形式でしばりつけた悪夢の歴史があります。

日本においては、戦時中の神道思想への一国あげての傾注は、愚かしい狂気の沙汰でした。
初代・牧口先生は、正義の思想を守るために、その悪思想の巨大な圧力に殺されたのです。

神道思想の善悪、是非を論ずることを許さず、
権威と巨大な軍部の圧力が、民衆のうえに重くのしかかりました。

それらの底流を見るときに、権威主義、形式主義は、
民衆の生命の奥深くに根ざしていたのです。

既成の権威に閉ざされ、同調し、流されていく無気力と無智。
そして、自己保身に汲々となり、長いものには巻かれろ的な事なかれ主義。

それらの風潮が、政治面においては、民衆に君臨する巨大な独裁権力を生み、
宗教面においては、政治権力と利害で結びついた邪宗邪義を横行させ、それによって、
民衆の心は、根底よりむしばまれてしまうのです。

もし、自分の所属する幹部の不正を指摘したとき、
「創価学会をけなすとはとんでもない」といって、烈火のごとく怒りだすのは、その典型です。

自分の既存の知識、自分の既知(すでに知っている)の権威にしがみつき、
必死に抵抗しようとする姿は、哀れとしか言いようがありません。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16862
主人は、こうした我慢偏執を捨て、思想の正邪、善悪を「法」によって検討することを教えられています。

しかし、現在の学会組織に仏法があるかないか、
その実質を論じてみれば、現場の意見も聞かず、まったく道理が通らず、
幹部の悪を指摘すれば反逆者扱い――。

それの一体、どこに仏法があるのか、どこに正義があるのか――。
それは明白ではないかと論じられているのです。

そして、
「但し法師は諂曲にして、人倫に迷惑し」(二一頁)――と。

これは組織に巣くう不正をした一般の幹部や、
中枢に巣くう一部の悪い首脳幹部の本性をえぐられた言葉です。

また、
「王臣は不覚にして、邪正を弁ずること無し」(同頁)――と。

これは、政治権力者に対して、真正面から切り込み、その愚迷を諫言された言葉です。

この一句のなかに、権威を恐れず、民衆のためを思い、会員のためを思い、
ただ一人決然と戦う広宣闘士の勇姿を見る思いがします。

また、もう一つ見逃してはならないことは、客の対話の姿勢です。

「もし、その証拠があるなら、詳しくその理由を聞きたい」(同頁)――と。

どんなに腹立たしく怒っていても、どこまでも平和的な対話で、
相手の主張に耳を傾けるという姿勢です。

これが権力をもつ側の指導者の真の姿です。

学会幹部が会員の声に耳を傾け、会員も組織まかせ、幹部まかせにせず、
主体者となって協力し、幹部・会員ともに広布の対話をしていくかぎり、
人間共和の麗しい異体同心の学会家族の和が、無限に広がっていくと確信します。

それが、池田先生の望まれる「学会は、永遠に人間学会で行く」ということだと思います。


・・・・・・・明日に続く。

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by taicyan0402e | 2016-10-02 21:38 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

立正安国論の指導原理について ~1~

【立正安国論の指導原理について】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16846
創価学会の平和運動の基盤は、日蓮大聖人の立正安国論の精神にあり、
正法を根底において、世界の平和の繁栄を確立しようとするものです。

大聖人は、法体の広宣流布を確立されるとともに、未来における
化儀の広宣流布の時代のために、あらゆる指導原理を残されました。

日蓮仏法は、一宗一派の独占物ではなく人類の至宝ともいうべき共有財産です。
なかでも立正安国論は、日蓮仏法の最高峰にそびえ立つ「平和の思想書」とも言えるでしょう。

そこには、戦争回避・災害防止・恒久平和などの原理が、
仏典を文証として、縦横無尽に描かれています。

近年の世界各地で多発している自然災害や経済危機、そこからくる民衆の苦悩、
また、テロの脅威という現実を前にした今こそ、指導的立場の人々が、
その解決策を立正安国論に求め、真摯に学んでいくべきではないでしょうか。

過去には日蓮系の弟子たちが、その生きた時代に合わせて、
大聖人の思想を整理し論釈してきました。

そして、その人師たちの論釈を最大限に活かし、
その法理を世界の人びとに理解させるため、人間主義の思想として論じ、
社会に展開し、具現化してきたのが創価三代の師匠です。

池田先生は『小説 新人間革命(広宣譜)』の中で
「仏法の法理を、『生命論』や『生命哲学』として論じていくことで、
広く人びとが仏法を理解する素地をつくることができる。

仏法の展開のためには、時代に対応しながら、さまざまな現代の哲学、科学の成果を踏まえ、
わかりやすく論じていくことが不可欠だ。

仏法を、いかに時代に即して展開していくか――それは、広宣流布を推進するうえで、最重要のテーマといえよう。
その責任を放棄し、努力を怠れば、広宣流布の道は閉ざされてしまうことになる。

だからこそ、学会では、そこに最大の力を注いできたのだ。
その着実な努力があったからこそ、世界の指導者、識者も、日蓮仏法に刮目し、
共感を寄せ、世界宗教へと発展してきたのである」(聖教新聞 平成二十六年十一月二十七日付)と述べられています。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16847
世界の知性は、創価三代の思想に共鳴し、池田先生の思想を求めています。

世界広布新時代を迎えた今、
池田思想はもはや学会だけの独占物ではなく、
人類の共有財産であり、世界の至宝だと思います。

近年の「阪神・淡路大震災」から始まるここ二十年間の様々な自然災害(東日本大震災の津波等)。

とくに今年(平成二十六年)だけを見ても
「火山の噴火、台風(暴風雨)、水害、地震、土砂崩れ」などによる甚大な被害がありました。

また、経済の低迷と対立による民衆の活力の低下と、
社会モラルの荒廃によるいじめと自殺の増加。

この現実を目前にして
「これはいかなる過失から生じたものであり、いかなる誤りによるのか」と、
問うべき「時」が再び到来したのではないでしょうか。

今まで私たち会員は、立正安国論を研鑽する際、
どちらかというと「主人」側に立って研鑽し、その自覚に立って戦ってきたと思います。

だからこそ、
創価学会は世界百九十二ヶ国地域にまで発展し、
日本全土において学会の会館が建ち並び、
人口の十人に一人が会員という未曾有の拡大と発展を遂げて来たわけです。

また、日蓮正宗との二十数年にわたる闘争を経て、
今や大石寺も「七百年の歴史と伝統」だけが売り物の、
建長寺や円覚寺となんら変わらない一寺院に封じ込めました。

もはや世界をリードする宗教にはなり得ないでしょう。

また、大聖人が生きた時代は、
念仏宗が隆盛を極め、多くの人々が念仏を唱えていました。

それから七百年の時がすぎ、創価学会が誕生して、今や日本はもとより、
世界に多くの会員が誕生し、途切れることなく世界中で題目が唱えられています。

であるにも関わらず、
どうして今も自然が猛威を奮い、経済の低迷と対立に、民衆が悲しみ苦しむのでしょうか。

その原因究明と問題解決を求めて、立正安国論を研鑽していきたいと思います。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16848
その前に確認しておきたいことは、
牧口先生は「行き詰まったら原点に返れ」との指導を残されました。

また、明治の思想家である内村鑑三氏も
「経済の背後に政治あり、政治の背後に社会あり、社会の背後に道徳あり、
道徳の背後に宗教あり。宗教は始めにして経済は終わりなり」
(「内村鑑三所感集」岩波文庫)と述べています。

創価学会の運動理念は「立正安国論に始まり、立正安国論に終る」です。
御書には「仏弟子等必ず仏法を破るべし」との戒めがあります。

これは、例外なく創価学会にも当てはまる最重要の教訓です。

創価三代の師匠と共に、無名の庶民が心血を注いで築いた世界最大の創価学会。

この偉大な学会から「師子身中の虫」を絶対に出さないために、
私たち会員も、原点を見つめ直し、謙虚な心で「主人・客」の対話を通し、
一度、客側に立って「主人」の話に耳を傾けたいと思います。

そうすることによって、何が見えてくるか、それを皆様とともに考えていきたいと思います。

立正安国論には、
「観れば、夫れ二離・璧を合せ、五緯・珠を連ぬ。
三宝も世に在し、百王未だ窮まらざるに、此の世早く衰え、其の法何ぞ廃れたる。
是れ何なる禍に依り、是れ何なる誤りに由るや」(一七頁)

――よくよく考えてみれば、太陽も月も星も、なんの変化もなくきちんと運行し、
仏法僧の三宝も世の中に厳然とある。(八幡大菩薩)も百代の王を守護すると誓ったというのに、
いまだ百代にならないが、この世は早くも衰えてしまい、王法はどうして廃れてしまったのか。
これはいかなる過失から生じたものであり、いかなる誤りによるのでしょうか――とあります。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16849
この文は「民衆の苦悩の根本原因は何か」ということを、
徹底的に探究していく姿勢こそ、真の指導者のあるべき姿であり、
日蓮門下の使命ではないか、という大聖人の叫びとも取れる言葉です。

立正安国の原理には二つの側面があり、一つは、立正がなければ安国の実現はない。
立正を根本として戦いを進めていくなかに、安国の実現がある、ということです。

もう一つは、安国のなかに立正を確立していく。
つまり、現実の社会を生命尊厳の社会に変革していく戦いのなかに、立正が輝いてくる、という二つです。

ここでいう「社会の変革」とは、突き詰めていえば「民衆の変革」のことだと思います。
安国の「国」とは、安国論を読めば明確ですが、国家中心の国ではなく、
人間中心の国であり、民衆が中心の社会ということがわかります。

さらに「国」を国土という面と、社会という面に立て分けて考えていけば、
社会といった場合は、その本体は何かといえば、民衆なのです。

もちろん、国家の機構・体制ということもありますが、その主体はあくまでも民衆です。

しかし、今の社会やあらゆる組織体制というのは、
あまりにも機構・体制に偏っていて民衆不在になっています。

これを民衆という原点に戻さなければ、民衆が組織機構の奴隷になりかねません。
なぜなら、「安国」の精神や元意も、民衆を安んずるというところにあるからです。

また、国土という面からも、安国論が「自然と人間」という
視点から説かれている、ということを忘れてはならないと思います。

これは自然と人間の関係性のうえから、いかにして災害を根絶し、
平和楽土を創造していくべきかという原理を示しています。

大聖人は、三災七難が起こる真っ只中で、
民衆の苦悩をわが苦悩とし、立正安国論を著されました。

創価三代の師匠も、世界的な三災七難が起こる中で、
安国論を旗印に、立正安国の運動を展開してきました。

立正安国論は、過去の書物ではなく、
厳然と、今も現代社会の実像を映し出す明鏡であり、未来を開くカギなのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16850
一九六〇年(昭和三十五年)五月三日――。
第二十二回春期本部総会を兼ねた『第三代会長就任式』で、
池田先生は、
「若輩ではございますが、本日より、戸田門下生を代表して、
化儀の広宣流布を目指し、一歩前進への指揮をとらせていただきます」と挨拶しました。

法体の広宣流布は、日蓮大聖人お一人の戦いが中心でしたが、
化儀の広宣流布は、大聖人のご遺命のままに、
その使命に目覚めた無数の民衆の手によって、実現されていくものです。
なぜなら、主権は民衆の側にあるからです。

現実の社会に「人類の幸福と世界の恒久平和(広宣流布)」を実現する行動こそ、
大聖人の志向された仏法実践の精神があります。

創価学会が、その社会的意義を
「平和を守り、人間文化の興隆にある」と定義し、
信頼と相互の尊厳を基調として、その実現を目指して行動しているのも、
立正安国の哲理と精神を社会に具現化していくためです。

一人の人間に「人間革命」を促し、社会を浄化し、
正しい社会観と人間観を持った人びとが協力し合い、励まし合う姿を築くのも、
また、宇宙のリズムを正し、国土に恵みと潤いをもたらすのも、私たち会員の使命と責任だと思います。

またそれが、師匠の厳命でもあります。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16851
立正安国論の冒頭で、客は社会や民衆の悲惨な様相を嘆き、
「是れ何なる禍に依り、是れ何なる誤りに由るや」(一七頁)と主人に問います。

この客の最初の問いは、指導者一人だけの問いではなく、全民衆が感じている問いでもありました。

そこで主人は、「神天上の法門」を示します。

客からすれば、意外にもその答えは、「万民が正法に背き」、
「善人・聖人(良識・道理)」が
「国を捨て去って(良識・道理が通らない世の中になって)」、
その代わりに、
「魔王・悪鬼(力の論理・悪思想)」が世の中に幅を利かせてのさばり、
「国中に災難が起こる」というのです。

この答えは、仏法を知らない客や仏法を習い始めたばかりの会員にとっては驚きだったと思います。
そしてそれは、現代においてもなかなか理解されない原理だと思うのです。

客が「それはどこの経文に書いてあるのか、その証拠と根拠を聞きたい」というのも当然です。

しかしこの哲理は、厳しき一念三千の生命哲学による社会観であり、
宇宙観であり、日蓮大聖人の大確信であり、絶対の真理であると思います。
その大確信なくして、あれだけの大難を乗り越えることなど不可能だったと思います。

また「客」が主人の意外な答えを聞いて、謙虚にその理由を聞こうとする姿勢は、
人間として、指導者として、また対話をしようとする人のあるべき真の姿です。

偉大な人、心ある人であれば、未知の世界にはたえず謙虚であるべきです。
そこに会員である、ない、は関係ありません。
でなければ、相互理解の対話などできるはずがありません。

ましてや、人類が「恒久平和か、滅亡か」の岐路に立たされているときに、
新たな方途を見いだそうと努力するのが、為政者や、指導的立場の人の当然の姿です。

これが、王道か覇道か、人間主義か権威主義かの試金石ではないでしょうか。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16852
災難が起こる根拠と証拠を問われた主人は、その文証として、
金光明経、大集経、仁王経、薬師経の四経の文を引いて説明します。

しかし、この四経は法華経以前に説かれた、いわゆる「爾前経」です。
大聖人は、諸御書のなかで無量義経や方便品を引用しながら、この爾前経を徹底的に破折しています。

しかしなぜ、爾前経を破折しておきながら、爾前の経々を文証として引用されたのでしょうか。

これについては「観心本尊得意抄」にこうあります。
「一北方の能化難じて云く、爾前の経をば『未顕真実』と捨て、乍ら安国論には爾前の経を引き文証とする事、自語相違と不審の事、前前申せし如し。総じて一代聖教を大に分つて二と為す。一には大綱。二には網目なり。・・・・・法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引き用ゆ可きなり。其の上、法華経にて実義有る可きを、爾前の経にして名字計りののしる事全く法華の為なり。然る間、尤も法華の証文となるべし」(九七二頁)。

※長いので間を抜きました。

つまり、その意味は
「成仏得道の経は、法華経にかぎるが、それ以外のことについては、その他の経文に明かされている。
成仏の本体を法華経なりとすれば、一切の経々はすべて活かされてくる」ということです。

法華経以外の経典はすべて、切り捨てるのではなく、
人類に有益なことは、内外(内典・外典)問わず、すべて活かしていこうとするのが、
大聖人の思考であり、大乗仏教の精神です。

池田先生が世界の「知性の言葉」を引用し、仏法哲学を表現しているのもそのためです。

つまり、宗派を超えて、人間という原点に立ち返り、世界の知性を結集して、
現実社会に仏法を展開していこうとする挑戦です。

これが価値を創造する「創価学」思想の根本だと思います。

池田先生は
「華厳経それ自体としては、四十余年未顕真実の教えであり
『死の法門』であるが、ひとたび、法華経の立場で用いれば、十界互具、一念三千の
説明として生かされ『活の法門』となる」(池田大作全集二十五巻)と述べられている通りです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16853
では、文証として引かれた「金光明経」から見ていきましょう。

「一切の人衆、皆善心無く、唯繋縛・殺害・瞋諍のみ有つて、互に相讒諂し、枉げて辜無きに及ばん」(一八頁)

――すべての人たちは、皆ことごとく善心がなく、ただ縛り合い、殺害し合い、
争い合って互いに相手を讒言し、罪のないものを無理やりに法をまげて罪に陥れる――。

これは、民衆に善心というものがなく、
皆、利己主義になって他人のことなど考える余裕すらなく、
畜生界の如く上司に媚びへつらう集団のような生活が民衆のなかに起こる。

罪人は多くなって、これを縛るのに忙しく、
ちまたにはリンチ・いじめがあり、残忍な殺害があり、
怒りと怒りがぶつかり合って修羅道となり、互いにへつらい合い、
罪なき人を罪に陥れるようになる――という、まさに暗黒と悲惨と恐怖の世界です。

そして、「伝染病が流行し、地震が起き、大雨や暴風があって農作物が実らず、民衆は苦悩を受ける」(同頁)というのです。

次に「大集経」の文中で、
「衆生及び寿命・色力・威楽減じ、人天の楽を遠離し、皆、悉く悪道に堕せん」(一九頁)

――衆生の寿命も減じ、体力も威光も楽しみも減少し、
生活が脅かされ、皆ことごとく不幸に堕ちてしまう――

とありますが、
これは人口が減少し、寿命が減じ、生命力が弱まり、その肉体も衰え、
楽しみも希望も勇気もなく、健全な生活は失われ、例えば、うつ病のような神経を病む人ばかりになる。
やがて三悪道に堕ち入り、長くそこから抜けきれず、闇から闇へと流浪していくということです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16854
また、
「是くの如き不善業の悪王・悪比丘、我が正法を毀壊し、天人の道を損減し、
諸天善神王の衆生を悲愍する者、此の濁悪の国を棄てて皆悉く余方に向わん」(同頁)

――このような不善業の悪王や悪比丘がわが正法を破り、天界、人界の道を滅し、
諸天善神の梵天、帝釈、四天王などの衆生を哀れむべき善王も、
この濁悪の国を捨てて皆ことごとく他方へ向かうであろう――とあります。

「不善業の悪王・悪比丘」とは、政治的指導者であり、宗教的指導者です。

現代でいえば、民衆の生活にもっとも影響力のある政権与党の政治家であり、
多くの人々に影響を与える教団首脳陣と捉えることもできます。

それらが、私利私欲にふけり、派閥抗争に明け暮れ、不正を事とし、
陰険で善人を迫害しようとする姿を見るにつけ、民衆は疲弊し苦悩する。
それは今も歴然としています。

しかし、このような指導者を誕生させたのは、いったい何が原因か。
そこに黒々とした民衆の生命の濁りを見いだすことができるのです。

これこそが、人間を奴隷化と向かわす低級宗教であり、悪思想の害毒です。

人間性を無視し、官僚主義に陥った宗教が横行し出すと、
人々は無気力となり、退廃と狂気の温床となります。

無気力な民衆を食いちらす狂気のごとき邪宗、邪義、邪智・・・、
そこから生まれる指導者、この三拍子がそろえば、まさに地獄です。

「不善業の悪王(政治家)」は「不善業の悪比丘(宗教指導者)」とともに、
民衆の幸福を説いた思想を隠し、道理は通らなくなり、
すべてがパワーゲームで物事が動いていくのです。

そして、魔来り、鬼来り、災起こり、ついに国が滅びていくという事です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16855
次は「仁王経」です。そこには、
「国土乱れん時は、先ず、鬼神乱る、鬼神乱るるが故に、万民乱る」(一九頁)

――国土が乱れるときは、まず鬼神が乱れる。鬼神が乱れて万民を悩ます――とあります。

この「鬼神」ということですが、大聖人は、鬼神には二つあると言っています。
それは「善鬼と悪鬼」(一二四六頁)があって、「善鬼」は御本尊を持つものを守るが、
「悪鬼」は個人に対して功徳を奪う働きをすると述べています。

「魔」が生命内在のものであるのに対して、
「鬼」は自然界や社会から生ずる働きともいえるでしょう。
たとえば、社会全体をおおっている悪思想も「鬼神」といえます。

「鬼神乱れる」様相とは何なのか。
政治の世界であれ、経済の世界であれ、教育の世界であれ、宗教の世界であれ、
あらゆる分野で行き詰まり、これほどだめにしたのは、いったい誰の一念だったのでしょうか――。

ある人は、私利私欲と派閥争いに明け暮れ、
ある人は、学問の権威の座に坐して民衆を軽蔑し、
ある人は、経済的利益のみを追い求めて公害を撒き散らし、諸外国のひんしゅくをかい、
ある人は、評論家と名乗りもっともらしい言葉で自己を飾り、
ある人は、エリートという気位に立って弱き庶民をいじめ抜く――。

つまり、あらゆる分野の指導者たちが、法や道理・秩序などを中心とせず、
会員であれば、御書や池田先生の指導を中心としないところに組織の衰退と会員の苦悩があるということです。

今なすべき緊急の課題は、生命力の減退している民衆に、
力強い生命力を与え、社会に活力を与えるために、あらゆる分野の指導者の一念を正すことなのです。

それは単なる反省とか意識変革などで変わるものではありません。
思想を支配するものが生命の働きである以上、より根源的なもの――。
結論から言えば、仏法の真髄である日蓮大聖人の教え(実乗の一善)による以外にないのです。

――貴方の会社の先輩や後輩はどうですか。貴方自身はどうですか。
貴方の組織の先輩や後輩はどうですか。貴方自身はどうですか――。

問われているのは、社会や教団ではなく、自分自身です。貴方自身です。
自分自身が社会の平和のために、友のために何をしたかです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/16856
また「仁王経」の文では、
自然災害や社会の荒廃が起こるには、順序があり、タイムラグがあると説いています。

まず一番目に起こるのは、指導者の思想から乱れていく。
二番目は、乱れた思想をもつ指導者が立つと、その社会機構が力の論理に支配される。
三番目は、力の論理に支配されるがゆえに民衆が乱れ、自然災害が起こる。

これが、国が滅んで行く順序です。
指導者が狂い始めた直後は、民衆はまだ何が起こっているのかわからない。
民衆が気付くのは、実際に自分の職場が倒産したり、自分の所属する機構の荒廃を目の当たりにしたときです。

しかし、そのときにはもう自然環境が猛威を奮っていることでしょう。
そうなってはもう遅い。

だからこそ、その最悪の事態を避けるために、大聖人は立正安国論を著し、諌暁したのです。
しかし、先陣を切って戦う聖人・賢人は、迫害に合うことは避けられず、これも経文通りなのです。

最後に「薬師経」です。
「若し刹帝利・潅頂王等の災難起らん時、所謂、人衆疾疫の難、他国侵逼の難、自界叛逆の難、星宿変怪の難、日月薄蝕の難、非時風雨の難、過時不雨の難あらん」(一九頁)

――もし、刹帝利・潅頂王のいわゆる支配者階級のものに災難が起こるときには、
次のような七つの難がある。すなわち、
民衆が伝染病等の流行に悩まされる難、
他国から侵略される難、
自国内で反逆、同士討ちが起こる難、
星宿の変怪する難、
太陽や月が日蝕、月蝕など薄蝕する難、
時期はずれのときに暴風雨のある難、
時を過ぎても降るべき時節に雨の降らない難、
以上の七つの難である――とあります。

ここは、指導者の責任と使命がいかに重大かということが説かれているところです。

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by taicyan0402e | 2016-10-01 13:49 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

自分自身と創価学会の発迹顕本について

【自分自身と創価学会の発迹顕本について】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35505
世界広布新時代「開幕の年」が明けた元旦(2014年)の朝、聖教新聞《今日の発心》の欄を見ると、

正木理事長は撰時抄の「夫れ仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし」(二五六頁)を通し、
池田先生の指導を引用して全学会員にこう呼びかけられました。

「池田先生の指揮のもと、私たちは『広宣流布大誓堂』落成の喜びのなか『世界広布新時代 開幕の年』を迎えました。
この御文は仏法を行ずるにあたって、時にかなった実践こそ大切であることを示しています。

私たちが『今、何をなすべきなのか』を考える時『今がいかなる時か』を真摯に問う必要があります。

昨年夏、先生は“黄金の3年”の開幕にあたり

『深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む』と言われました。

万代に続く世界宗教としての基盤を築く“黄金の3年”。なすべきことは、自身と学会の『発迹顕本』です」(1月1日付)と――。


《昨年の夏》ということは、2013年の夏に先生は上記の文言を発言したことになりますが、
この先生の文言が、何時、どこで、誰に対して言われた言葉なのかは、私が調べた範囲では残念ながらわかりませんでした。

しかし、同年1月6日付けの《紙上座談会》で、正木理事長は再度、

「先生は昨年、これからの“黄金の3年”の開幕に当たり
『深く大きく境涯きょうがいを開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む』と指導されました」

と記載されていることから、

2013年8月上旬に池田先生が長野県(研修道場等)にいった際、側近のごく限られた弟子たちに対して言ったものだと思われ、
その指導を直接聞いた正木理事長が新聞紙上で紹介したものでしょう。

“黄金の3年”とは、2014年から2016年の3年間を指すと思われます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35506
さて、池田先生はなぜ「この時」にこのような指導を弟子たちにされたのでしょうか。

「自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む」――この指導について考えていきたいと思います。

はじめに、仏の成道について大聖人は
「三世の諸仏の成道はねうし(子丑)のをわり・とら(寅)のきざ(刻)みの成道なり」(一五五八頁)と述べています。

三世の諸仏とは、過去・現在・未来の三世に出現する諸々の仏のことで、成道は“悟りを開く”ということです。

いったい何を悟るのかというと
「自分は何者で、何のためにこの世に生まれて来たのか、その目的は何か」などを覚知することだと思います。

その覚知した凡夫のわが身に久遠の仏界の境地を顕し、どんな大難が来てもそれを乗り越え、
全民衆を救っていく勇者として振る舞う――これが発迹顕本です。

そして、大聖人は
仏が成道する時刻は「ねうし(子丑)のをわり・とら(寅)のきざ(刻)み」と述べています。

現在では1日を24時間として1時間単位で区切っていますが、中世の日本では明治に入るまで1日の時刻を
「十二支」であらわし、1日24時間を12に分け「子の刻」「丑の刻」というように時間を表現していました。

「刻」は2時間を指し、たとえば子の刻は「初刻23時・正刻0時・終1時」と3つに分けます。
これからすると「ねうし(子丑)のをわり」は1時から3時で「とら(寅)のきざ(刻)み」は3時の始まりから5時にあたります。

さらに正刻を基準にすれば「子丑の刻」は0時から2時、「寅の刻」は4時です。

古来、丑寅(うしとら)の時刻は1日のうちで夜(死)から昼(生)に向かう中間の意味をもつとされ、

大石寺・日寛も開目抄愚記のなかで
「丑寅の時とは陰(おん)の終り、陽(よう)の始め、すなわちこれ陰陽の中間(ちゅうげん)なり。
またこれ死の終り生の始め、すなわちこれ生死の中間なり」(文段192㌻)と述べています。

現代的にいえば、子の刻が夜中の0時、丑の刻が午前2時、寅の刻が午前4時ごろにあたります。
だいたい午前4時ごろは、夏ならば太陽が東の空を白く染めるころで、1日の活動が始まる時です。

また午前2時から3時にかけては、暁を前にして最も闇が深く、万物の眠りも深い。
子丑の刻は前日の生命の終わりであり陰の終わりです。

これに対して、寅の刻は新しい1日の生命の始まりであり、若々しい生気にあふれた陽の始めといえます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35507
地球が誕生してから約46億年といわれていますが、地球の万物は
太陽と地球との関係によって生み出される宇宙のリズムに合わせて生活を営んできました。

その営みの鼓動は、地球上の生命それ自体に内在しているといっても過言ではありません。

人が病気や老衰などで息を引きとる時も、この宇宙のリズムと何らかの関係があるとされています。

また昔から引き潮の時に人は死にやすいとされているのは、引き潮は月の運動と関係があり、
体全体のリズムがこの時刻にもっとも停滞的となり、死にやすい状態になるのではないかと考えられているのです。

最も闇が深いといわれるこの時刻(子丑の終わり寅の刻み)に諸仏は成道する――言い換えれば、
信心を第一義において戦っていくならば、最も苦悩に満ちた時にこそ、また生死の移り変わる瞬間にこそ、
仏力が顕著にあらわれるということであり、自身の境涯の深化がなされるということではないかと思います。

池田先生も小説《新・人間革命》のなかで

「いざ困難に出くわし、窮地に立たされると“もう駄目だ”とあきらめてしまう。
しかし、実は、困難の度が深まれば深まるほど、もう少しで、それを乗り越えられるところまできているんです。

闇が深ければ深いほど、暁は近い。
ゆえに、最後の粘りが、勝利への一念を凝縮した最後の瞬発力が、人生の勝敗を決していくんです」(22巻391㌻)と述べています。

釈尊が菩提樹の下で成道した時刻も明けの明星が輝くころであり、
大聖人が竜口で最も闇の深い「子丑の時刻」にくびをはねられ、発迹顕本されたのもこの時刻です。

開目抄には「日蓮という者は去年の九月十二日、子丑の時にくびをはねられた。
これは法華経身読をもって、わが身に三徳(主師親)を具備した仏界の境涯が涌現して佐土の国にいたり、
その境涯で翌年の二月《開目抄》を著し、雪の深い佐渡の国より鎌倉方面の有縁の弟子に送るのである。

この書を拝する弟子たちは、濁劫悪世に法華経を弘通する大難を思うて怖じ恐れるであろう。
しかし日蓮は『われ身命愛せず、ただ無上道をおしむ』の法華経の行者であるから、なにひとつ恐れるものもなく、
日蓮と同じく広宣流布の決意をかたく持っている者は絶対に恐怖がないのである。

『身命を愛せず』の志ざしの決定していないものはこの書を読んでいかほど怖れることであろう。
これは釈迦・多宝・十方の諸仏が法華経に予言した三類の強敵を日蓮が一身に受けて末法の弘通と大難を実証している。

すなわち日蓮の行動は明鏡であり、勧持品の予言は日蓮の形見であり、開目抄こそ日蓮の形見である(通解)」(二二三頁)とあります。

この御文が事実として大聖人が発迹顕本したという実証であり、御本仏としての自覚に立った文証です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35508
「根源の法(妙法)」が宇宙にもともと実在しているといっても、
その哲理を体現した法本尊と、それをその通り、人格として体現した先駆者(仏法指導者)がいなければ、
衆生にとっては何も知ることができず、現実に存在しないのと同じになってしまいます。

そうなると法本尊は単なる法のみに終始し、本尊としての意味もないことになる。
ここに人本尊の重要性が生まれてくるのです。

人本尊とは、まさにこの「法・真理」を悟り究め、わが身に体現するとともに、
その体現する道を全民衆に開き、同じ境涯に至らしめる偉大な人格者のことだと思います。

大石寺・日寛は六巻抄のなかで

「人の本尊とは、即ち是れ久遠元初の自受用報身の再誕・末法下種の主師親・本因妙の教主・大慈大悲の南無日蓮大聖人是なり」

(文底秘沈抄10㌻)と述べています。

これは天台の教判である五重玄義(名・体・宗・用・教)から配して述べられたものです。

つまり、

「久遠元初の自受用報身の再誕」は体(当体)
「末法下種の主師親」は教(活動の影響)
「本因妙の教主」は宗(その特徴)
「大慈大悲」は用(その働き)
「南無日蓮大聖人」は名(名前)

です。

詳細は省きますが、日寛は人本尊をこの五面から詳細に解き明かし、
大聖人が生涯の振る舞いの中で、発迹顕本した証拠として

「現証(日蓮といゐし者は・・・魂魄・佐土の国に至りて)二二三頁」と
「文証(三世の諸仏の・・・成道なり)」をもって裏づけとし、

日蓮大聖人こそが末法の御本仏(人本尊)であると論証しました。

この日寛の立てた原理は永遠に変わらないものであるし、変えてはいけないものだと思います。

大聖人が竜口において暗い闇の“時刻”を突き抜けて、我が胸中に“主師親の三徳”を具備したことを到達点として、

それ以降、大聖人は弟子たち自身の発迹顕本を呼びかけていきます。

そして、在家の代表的存在であった四条金吾や池上兄弟は、
師匠に連座したものではなく自らの闘争で競い起こる難を呼び起し、
その暗夜を突き抜けて師匠と同じく、見事に法華経の行者の実証を未来の弟子に示してその足跡を残しました。

これと同じく、池田先生も今、弟子たちに対して《自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む》と呼びかけられました。


・・・・つづく。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35542
池田先生はすべてをご存知の上で、あえて側近の幹部にこのような指導をしたのではないのか。

ここからは私の想像ですが、もしかして先生は

「本来、会員一人ひとりの人間革命を手助けする存在であるはずの幹部の大半は
権威主義に陥り、末端会員は疲弊のどん底に陥っている。

このままでは会員は宗教の奴隷となり、創価学会自体が邪教集団になってしまう。

何とかしなければいけない。

ひとまず広宣流布大誓堂建立をもって三代会長と創価学会の到達点と成し、今度は三代の師匠に
連座(※頼るのではなく)したものではなく、弟子自らの闘争で競い起こる難を呼び起し、
その暗夜を突き抜けて、大聖人と同じく、また私(先生)と同じく、法華経の行者の実証(発迹顕本)を示していきなさい。

そして私(先生)亡きあとも創価学会が仏意仏勅の団体であることを世界に証明していきなさい」

と言いたかったのではないか。

幹部も組織も最悪の状態である現実を踏まえて、池田先生は最も闇の深い時だからこそ、
目の覚めるような自分自身の発迹顕本に挑戦し、そこから「師弟不二」を体得した新しい弟子が
澎湃(ほうはい)と登場する機運を感じられているのではないでしょうか。

そうなると、竜口で発迹顕本が成され、
大聖人の魂魄にあらわれた“主師親の三徳”とは何か、ということが問題になってきます。

実際にその境涯で書かれた開目抄には

「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(二三二頁)とあり
「日蓮は日本国の諸人にしうし(主師親)父母なり」(二三七頁)とまで言い切っています。

「柱」を主の徳
「眼目」を師の徳
「大船」を親の徳

と拝することは、すでによく知られている事実で、大聖人自ら末法の主師親であると宣言された御文は多い。

この“主師親の三徳”を一切衆生に対して平等にもっているのが、救済者としての仏であり、地涌の菩薩なのだと思います。

「日蓮と同意(同じ精神・心)ならば地涌の菩薩たらんか」(一三六〇頁)とある通りです。

そして、そのさきがけの棟梁を「本仏」と呼ぶなら、非常に納得のいく話です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35543
――幹部も組織も史上最悪の状態であるからこそ、自身も学会も発迹顕本するチャンスが来ているのだ。
この現実を打破するには、今こそ弟子が「根本の師匠(大聖人)・三代の師匠」と同じ精神と心で、
地涌の菩薩の自覚に立ち、自分自身の胸中に“主師親の三徳”を涌現させねばならない――。

これが池田先生の指導の真意だと考えます。

「主の徳(力)」とは、権力を表として眷属を守る力でありその働きをいいます。
これが反対になると、権力を表として眷属を奴隷にしてしまう。

「師の徳(力)」とは、智慧や英知を表として眷属を指導する力でありその働きです。
これが反対になると、師の指導を表として眷属に我見の指導をしてしまう。

「親の徳(力)」とは、慈悲・慈愛をもって眷属を慈しむ力でありその働きです。
これが反対になると、眷属を冷酷・無慈悲に扱ってしまう。

「元品の法性は梵天帝釈等と顕われ、元品の無明は第六天の魔王と顕われたり。
善神は悪人をあだむ。悪鬼は善人をあだむ」(九九七頁)とはこういうことだと思います。

民衆を救済する根本の精神――それは広大な慈悲なのです。

創価三代の師匠が根本の仏と定めた御本仏・日蓮大聖人の最大の特徴は「大慈大悲」です。

報恩抄には
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外、未来までもながるべし。
日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ」(三二九頁)とあります。

慈とは与楽、悲とは抜苦という意味で、不幸の因を取り去り、楽しみを与えるということです。

これは単に慈しみ愛するというだけの心情的であいまいなものではなく
「苦を抜く」という厳しい戦いと「楽を与える」という積極的な働きかけがなければ、

慈悲(抜苦与楽)とはなり得ません。

つまり、仏法で説く慈悲とは、厳しき戦いに裏打ちされた闘争と、
人々を無限に包容しつつリードしていく智慧の両面が備わったものなのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35544
十三世紀の日本において、日蓮大聖人の“大慈大悲”の熾烈な闘争よって三大秘法の法門が打ち立てられ、

大聖人の大慈悲の生涯を原動力として、創価三代の師匠が
末法万年尽未来の彼方まで広宣流布していこうと立ち上がり、今日の創価学会を築きました。

今度はその後継の弟子が“主師親の三徳”を体得(発迹顕本)し、
創価三代の大慈悲の生涯を原動力として、広宣流布していこうと立ち上がる時がいよいよ到来したのです。

池田先生の

「闇が深ければ深いほど、暁は近い。
ゆえに、最後の粘りが、勝利への一念を凝縮した最後の瞬発力が、人生の勝敗を決していく」との指導は、

私たちに無限の勇気と希望を与える言葉であり

“自分自身と創価学会の発迹顕本を必ず成し遂げてみせる”との確信漲る厳愛の励ましだと思います。

ゆえに先生は本門の弟子全員に“頼む”と厳命したのだと確信します。

昭和三十一年七月、参議院大阪地方区選挙(当時)において、
負けて当然といわれた大阪が池田先生を中心とした戦いで大勝利し、
勝てると思われた地方が無慚に敗れた法戦の歴史を通して師弟不二のあり方を教えました。

それを最後に記して終ります。

――広布実践における師弟の関係を単なる師弟の道ととるか、
師弟不二の道ととるかが、はじめてあらわにされたと見なければならない。

師の意図するところが、現実にあらわれるか、あらわれないかは、弟子の実践の姿を見れば容易に判断のつくことである。

師の意図が脈動となって弟子の五体をめぐり、それが自発能動の実践の姿をとるとき、
師弟の連結は、はじめて師弟不二の道をまっとうすることが辛うじてできるといわなければならない。

師弟に通ずる生命の脈動こそ、不二たらしめる原動力である。

そのためには、師の意図の脈動が何を根源としているかを深く理解し、
みずからの血管のなかで消化する強信にして困難な信仰作業を必要とする。

その本源の師弟の力は、いうまでもなく御本尊につきる。

(中略)

師の意図に教条的にただ追従することは、弟子にとってきわめて容易なことだ。

師の意図からその根源にまで迫って、
その同じ根源を師とともに分かちあう弟子の一念は、まことに稀だといわなければならない。

しかし、この稀なる一念の獲得にこそ、微にして妙なる師弟不二の道の一切がかかっているのである。

(人間革命10巻「脈動」109㌻~)


― 完 ―

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by taicyan0402e | 2016-09-15 12:09 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

【五義の教を知る 第一章 五重の相対】~7~

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~6~の続き
【五義の教を知る 第一章 五重の相対】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36843
池田先生は『新人間革命・灯台の章』で、日蓮仏法の偉大さと仏道修行の要諦についてこう語っています。

「日蓮大聖人の仏法は『直達正観』、すなわち『直ちに正観に達する』といって、即身成仏の教えです。
大聖人の御生命である御本尊を受持し、題目を唱えることによって、直ちに成仏へと至る、宇宙根源の法です。

深淵な生命哲理を裏付けとして、実践的には、極めて平易ななかに、
一生成仏への真髄が示された、合理的な、全人類救済のための、大法なのであります。

極端な話になるかもしれませんが、釈尊の仏法並びに天台の法門を、テレビに譬えて言うならば、
法華経以前の釈尊の仏法は、テレビを構成する一つ一つの部品といえます。

そして、テレビの組み立て方を示し、全体像を明らかにしたのが法華経です。
さらに、テレビがどんなものかを、理論的に体系づけたのが、天台の法門といえます。

それに対して、日蓮大聖人は、テレビ自体を残されたことになる。それが御本尊に当たります。

もったいない譬えですが、私どもが御本尊を持ったということは、
既に完成した立派なテレビを手に入れたことになります。

部品を組み立てたりしなくとも、理論はわからなくとも、すぐに見ることができる。
しかし、テレビを見るためには、スイッチを入れ、チャンネルを合わせなければならない。

それが、御本尊への信心であり、仏道修行です。具体的な実践で言えば、唱題と折伏です。
それによって、即座に希望の画像を楽しむことができる。これが『直達正観』の原理です」

(二〇一一年六月二十一日 聖教新聞)と明快に述べられています。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36844
さて、もう一つの「相待妙と絶待妙」についてですが、

大聖人は“一代聖教大意”のなかで

「この法華経(妙法蓮華経)には二つの妙がある。
天台も法華玄義のなかで『この経はただ二妙を論ず』とある。
一には相待妙、二には絶待妙である(通解)」(四〇三頁)と述べています。

“相待妙”というのは、伝教が法華秀句のなかで
「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり。浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり」(三一〇頁)

と語ったように、

釈尊の一代聖教は、浅い哲理より深い哲理へと順次に相対させて、
哲学上の価値判定を繰り返し、より求心的に最高究極の哲理を求めて、
一代聖教に説かれたそれぞれの教理の位置付けと役目を規定する重要な原理の一つです。

五重の相対はこの相待妙にあたります。

それに対して“絶待妙”は

「一代聖教は即、法華経であると開会する(通解)」(四〇三頁)と述べています。
その意味は、一代聖教は妙法の哲理をあらわそうとしたものにほかならないと知ってその立場から用いていくことです。

御書には「法華経には『治生の産業は皆実相と相違背せず』と宣べ」(一四六頁)とあります。

宇宙に存在する一切のもの、一切の現象は、一法として余すところなく妙法の影を明確に映し出す鏡であり、
妙法を根底とし、直結することによって、その影は影で終わることなく実体があるものとなります。

相待妙・絶待妙の二つ(二妙)は、どちらか一方だけが真実なのではなく、
相待妙をふまえた上での絶待妙であり、絶待妙という哲理に至らなければ相待妙も意味がないのです。

こうした法華経思想の根底に一貫して流れる基本的な考え方が「相待妙・絶待妙」の哲理です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36845
この哲理を理解した上で「五重の相対」を見ていけば、相対論で否定された諸経(権・迹・脱益)といえども、
真実(根源の法・南無妙法蓮華経)を説き示すために設けた方便であって、その本質は真実への道を指し示しているのです。

つまり、絶待妙の立場から爾前の諸経を見れば、諸経は「根源の妙法」を機能的に応用展開したもので方便即真実となります。

天台も法華玄義のなかで

「皆、本仏の因果の理法(根源の法・南無妙法蓮華経)を随縁的・機能的に応用展開し、
五時八教(天台の教相判釈)を用いて、種々の衆生のために法を説き仏事をなしていったのである」

と述べていますが、これは絶待妙を解明したものです。

以上、「依義判文・依文判義」と「相待妙・絶待妙」の二つを通して、
大聖人の考え方の発想の基盤を解明し、大聖人の第三の法門「種脱相対」を見てきました。

一度整理します。

種脱相対は釈迦仏法と日蓮仏法の相対のことをいい、末法で説く「本門」とは、
釈尊の説いた法華経本門ではなく、大聖人が初めて説いた「文底独一本門」のことを指します。

“事の一念三千(三大秘法義)”とは、発迹顕本した日蓮大聖人の生命(魂)を
そのまま一幅の漫荼羅として書き顕したのが「本門(人法一箇)の本尊」であり、これが大聖人の出世の本懐です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36846
日寛は六巻抄(文底秘沈抄)で大聖人の出世の本懐を、
万人が理解しやすいように御書・経文を通して分かり易く整理してまとめています。

それを簡単に説明すると、まず方便品の
「諸仏世尊は、ただ“一大事”の因縁をもってのゆえに世に出現したまう」(妙法蓮華経一二〇頁)

の文を引いて「一大事」の言葉が、すでに三大秘法を意味しているとして

「一は本門の本尊(一閻浮提第一の故)、大は本門の戒壇(受持即持戒の故)、事は本門の題目(事を事に行ずるが故)」と述べています。

次ぎに御書(法華取要抄)の「問うて云く如来滅後二千余年、竜樹・天親・天台・伝教の
残したまえる所の秘法は何物ぞや、答えて云く本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」(三三六頁)

の文を引いて
「此れは是れ文底秘沈の大事・正像未弘の秘法・蓮祖出世の本懐・末法下種の正体」として、

一大秘法を「本門の本尊」、それを開いて三大秘法の「本門の本尊・戒壇・題目」になると解説し、

それをさらに詳しく説明するために「本尊(人・法)、戒壇(事・義)、題目(信・行)」と六大秘法に立て分けて整理しました。

この日寛の解説はじつに簡潔で、非常に鋭い視点で御書・経文を精査してると思う。

それでいて誰もが納得できる論理展開です。

御書全編を精読すれば、一大秘法・六大秘法という言葉が文中に無くても、その“義”は厳然とあります。
たとえば、開目抄(人本尊開顕)・観心本尊抄(法本尊開顕)などは、その最たるものです。

人法一箇の当体――それが日蓮大聖人であり、御本尊です。

末法今時は、その御本尊(本門の本尊)を安置し、大聖人の御書を根本として、
御本尊に向かって唱題している自分自身とその場所自体が「本門の戒壇」になり、
その本門の本尊を信じて自行化他の題目が「本門の題目」となります。

要するに、三大秘法といっても一大秘法(本門の本尊)があって、
初めて本門の戒壇・本門の題目という「三大秘法の義」が成立するのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36847
むずかしい表現になりますが、本門(人法一箇)の本尊とは、

法のうえからいえば「事の一念三千即南無妙法蓮華経の本尊」であり、
人のうえからいえば「久遠元初の自受用報身即末法御本仏日蓮大聖人」です。

宇宙根源の法である「三大秘法の南無妙法蓮華経を信じる」といっても、それは「理」であって「事」ではありません。

事を事たらしめるのが日蓮仏法なのですから、日蓮大聖人を離れて三大秘法はなく、御本尊を離れて三大秘法もないのです。

牧口先生や戸田先生と親交の深かった大石寺・日淳は大聖人の“教”についてこう説明しています。

(※読みやすいようにしました)

「世間では大聖人の“教”は題目にあると思って題目を主として御本尊をいいかげんにする者が多いのであります
・・・多いどころではなく皆そのように考えておりますが、これがために大聖人の“教”をはき違えるのであります。

元来このような考えは南無妙法蓮華経は法であるとのみ考えるからでありまして、
宇宙に遍満する妙法の“理”が題目であるとするからであります。

これは大変な誤りで南無妙法蓮華経は仏身であります。
すなわち“法・報・応”三身具足の当体であらせられ“報身”の中に具したまうのであります。

妙法の理は天地の間にありましても、それは理性であります。
実際には仏の御智慧のうちにのみ、厳然として具わりたまうのであります」(日淳全集九八二頁)

と明快に述べています。

つまり、根源の法である南無妙法蓮華経(本尊)は
大聖人の「事(発迹顕本)」を離れてはない、あるとすればそれは「理」であるということです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36848
結論していえば「観心の本尊」とは、大聖人が竜口で発迹顕本し、
わが胸中(報身)に久遠元初の“主師親の三徳”が顕れたご境涯をいうのです。

この報身を離れた妙法を以って御本尊というならば、身延の本尊や仏像本尊と同じです。

もし、自分の己心に御本尊があるから本尊なんてなくてもよい、という輩がいたならば、
自分を鏡に映して自身に向かって拝めばよい。

ただし、そういう輩は「日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(九一九頁)との警告をよくよく思索するべきです。

そうではなく、大聖人のご境涯を「観心の本尊」として拝し、その鏡に向かって自身を照らし、
題目をあげて御本尊と「境智冥合(自身の発迹顕本)」していくなかに、三徳の智慧が具わり即身成仏も叶うのです。

これが日蓮仏法を信奉する信仰者の基本姿勢です。

以上、五重の相対を通して日蓮大聖人の仏法が如何なる教義なのかを研鑽してきました。

今年(二〇一六年)一月二日、池田先生は八十八歳の米寿を迎えられました。

今この時に当たって、弟子が師匠に甘えるのではなく、
今こそ学会員一人ひとりが、もう一度原点にもどって日蓮教学を研鑽し理解に努め、
さらにその教義を体得して一切を見、師匠に代わって広宣流布の総仕上げをしていこうと決意する時ではないかと思います。

その自覚に立って今回(二〇一五年版)の創価学会会則変更(教義)を見ていけば、会則変更の何が間違っているかは明らかです。

この問題については「第二章」で言及していきたいと思います。

さて、次ぎの第二章では

“五重の相対”を応用して、大聖人滅後から現在までの「相対」を検証していきたいと思います。


第一章 五重の相対   ― 完 ―


※【第二章 相対論の応用展開】執筆中 スコシノアイダ マッテネ♪


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by taicyan0402e | 2016-09-14 11:13 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

【五義の教を知る 第一章 五重の相対】~6~

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~5~の続き
【五義の教を知る 第一章 五重の相対】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36799
しかし、釈尊が自らの限界を自覚できるということは、その限界を超えるものを知ってはじめて可能になります。

自らの限界を自覚していること自体が“釈迦仏法の有限性”を示し、
自らを超える究極の「偉大な法」があることを指し示しているのです。

上記の御文にもあるように、大聖人は第一(権実)第二(本迹)の法門より、
今一重立ち入って第三(種脱)の相対を独自に立てられ、これを「日蓮の法門」としました。

その文証が上記、開目抄の御文であり、

観心本尊抄では
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり。但し彼は脱、此れは種なり。彼は一品二半、此れは但題目の五字なり」(二四九頁)、

御義口伝では
「此の品(寿量品)は在世の脱益なり。題目の五字計り当今の下種なり、然れば在世は脱益、滅後は下種なり。
よって下種を以て末法の詮と為す云云」

となります。

開目抄の「ただ天台大師のみがこれを内心に悟っていた(通解)」(一八九頁)とは、

天台大師は第三の法門である“種脱相対”を内心では知っていたけれども、時と機がなく付嘱もないゆえに、
自行として南無妙法蓮華経は唱えはしても、化他としては妙法の名字をかえて「止観」と名づけ
「一念三千の法」の理論を説いただけに留まったという意味です。

大聖人は“第三の法門”が末法に弘通する大白法であるとの大確信を表明して

「種種の大難出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり」(二三二頁)と断言しました。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36800
しかし「時」の重要性を示した“撰時抄”を読んでいると、ある疑問に突き当たります。

その疑問とは、撰時抄に

「仏滅後に迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親・乃至天台・伝教の
いまだ弘通しましまさぬ“最大の深密の正法”経文の面に現前なり」(二七二頁)とあります。

これは仏の滅後において、末法にいたる二千余年の間にさまざまな仏法流布の指導者が数多く輩出されたが、
彼らがいまだ弘通していない最大の深密の正法(三大秘法)が経文上に現前と説かれているという意味ですが、

開目抄には「一念三千は文底秘沈」と語っているのに、撰時抄では「三大秘法は文上に現前」と説いています。

“一念三千”と“三大秘法”は同一の法体を示したものですが、

なぜ、一方では「文底」といい、他方では「文上」といわれたのでしょうか。

さらに別の御書を読んでも同じ疑問が浮かんできます。

たとえば
「今末法に入りぬりば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」(一五四六頁)
と述べられており、妙法以外の一切を否定しています。

ところが、撰時抄の上記の文は法華経を肯定して用いる立場を表明している。
一方では否定し、他方では肯定するという二つの相反する考え方が、なぜ御書のなかで示されているのでしょうか。

大聖人の思想を正確に理解するうえで、この部分の解明は避けては通れない問題だと思う。

なぜなら、池田先生が亡くなったあと、退転者や反逆者、また二流三流の評論家や学者たちが

「日蓮の御書や池田名誉会長の指導には二つの相反する考え方があり、
自語相違も甚だしく哲学的に見ても一貫性がない。そんなものを信じているから不幸になるんだ」と、

一つひとつ自語相違の文証を出されて日蓮仏法も池田思想も完全否定されたら、皆さんならどう応戦しますか――。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36801
ここからは少しむずかしい言い方(表現)になるかも知れませんが、
この問題を解明するために、しっかり研鑽し思索していきましょう。

それでは始めます。

大聖人の思想を正確に理解していくうえで大事なことは二つあります。

一つは「依義判文と依文判義」、もう一つは「相待妙と絶待妙」です。

まず、依義判文とは“義に依って文を判ずる”と読み、義によって文を解釈するという意味です。
それに対して、依文判義とは“文に依って義を判ずる”と読み、経文に説かれている文により、
仏の説いた真実の義を解釈するという意味です。

「義」は文によってあらわされる思想であり法理です。「文」は説かれた経文のことです。

これらを一般的に見た場合、
普通は“文と義”の関係は、文章(経文)によってその思想や法理があらわれるものです。

だから解釈する側にしてみれば、思想や法理は文章(経文)によって得られるのであり、
思想や法理によって文章(経文)を解釈するということは不可能なはずです。

しかし、よく考えてみると、人間はある文章(経文)に遭遇した場合、
それ以前にさまざまな人生経験や学問によって「義(思想・法理)」の会得に通じる概念をもっています。

だから自分が会得した「義」によって、その文章(経文)が何を意味しているかについては“考える”ことができるのです。

つまり、自分が会得した義によって文章(経文)を解釈するということを日常的に実践しているわけです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36802
大聖人は

「一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る。
爾前は迹門の依義判文、迹門は本門の依義判文なり、但真実の依文判義は本門に限るべし」
(一二七四頁)と述べています。

この御文は天台の著した十章からなる“摩訶止観”の
正しいとらえ方を示した大聖人の著作“十章抄”の文なのですが、

この御文の意味は、

確かに天台大師は「一念三千の法門」を法華経方便品(迹門)の十如実相から導き出して立てたが、
その一念三千の義(思想・法理)は本門によっていると述べます。

そこから大聖人は、
爾前経の経文はより次元の高い法華経迹門の義(思想・法理)によって解釈し(依義判文)、
法華経迹門の経文はそれよりさらに次元の高い法華経本門の義(思想・法理)によって解釈しなければならない(依義判文)

と訴え、

経文自体がそのまま義(思想・法理)をあらわしているのは本門だけ(依文判義)であると結論しました。

そしてその本門寿量品(文上の義)を、大聖人はさらに一重深く立ち入り、
文底に秘沈されている「文底の義(事の一念三千)」を拾い出し、

末法の衆生のために “人法一箇の南無妙法蓮華経”である「本尊」を顕します。

大聖人がなぜ

「経文に明ならんを用いよ。文証無からんをば捨てよとなり」(四八二頁)といわれて
経文上の明確な根拠のある教義を用いるべきであり、経典によらない教えは用いてはならないと戒めたり

「文無く義無きは信受すべからず」(二一九頁)と天台の言葉を引いて
経典(文)も道理である義(思想・法理)もない教義を信じてはならない、と厳しく戒めるのかというと、

そもそも大聖人の“事の一念三千”の義によって法華経の文を解釈するといっても、
この“事の一念三千”の義は、法華経の文を超えたところ、すなわち「文底」に秘沈されているものです。

しかし、だからといってこの「文底の義」は法華経の文を離れたところにあるのではありません。

要するに、大聖人の“事の一念三千(三大秘法義)”は、大聖人が勝手に造ったものではなく、
釈尊も知り、ひいては三世の諸仏も天台も伝教も知っていたのです。

ただ、私たち凡夫が簡単に見透すことができないだけで、大聖人からすれば

本門寿量品の“文上の義”によって“文”を解釈するとともに、
その“文”のなかに“文底の義”があることを明らかにすることができるのです。

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ではなぜ、大聖人は「文上の義」によって「文底の義」を拾い出すことができたのでしょうか。

今度はそれを考えてみましょう。

まず結論からいうと“文上の義”から“文底の義”を拾い出した理由は、

大聖人が法華経を理論上で解釈しただけでなく、法華経をわが身で体験(身読)し、
人生最大の法難である竜口・頸の座で発迹顕本したからです。

釈尊(文上の義)の発迹顕本は、久遠とはいえ「五百塵点劫」の成道が一切の根本であり、それが釈尊の本地です。

これに対して、大聖人(文底の義)の発迹顕本は、

五百塵点劫よりもっと前の「久遠元初」が一切の根本で、これが大聖人の真の本地であり、
その身そのままの姿で、久遠元初(根源の法)を体現したのです。

いわゆる「直達正観(即身成仏)」といわれるものです。

釈尊を仏たらしめた「根源の法」が久遠元初の南無妙法蓮華経であると覚知し、
大聖人の身に涌現(一体)して、一人の人格者として顕れた――。

久遠元初の「主師親の三徳」を体得し、その境涯で文上の義を見れば、
その文底には厳然と“三大秘法の義”があると見たのです。

大聖人は“直達正観”した事の一念三千たる南無妙法蓮華経を
末法の衆生を救済するための「本尊」として図顕し

「一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり。
当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり」(一三三九頁)と師子吼しました。

よって末法の衆生は、その御本尊を受持し自行化他の唱題行に励むだけで「即身成仏」できる、

というのが日蓮教学の結論なのです。


・・・つづく

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by taicyan0402e | 2016-09-13 09:44 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

【五義の教を知る 第一章 五重の相対】~5~

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~4~の続き
【五義の教を知る 第一章 五重の相対】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ


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次ぎの第五の相対が「種脱相対」です。

種脱相対とは、法華経本門には二つの“義”があり
「釈尊の本門(脱益仏法)文上」と「大聖人の本門(下種仏法)文底」の相対です。

なぜ釈尊の仏法が“脱益仏法”なのかというと、
まず釈尊は寿量品において「釈尊と衆生」の関係性を明らかにします。

釈尊の弟子たちは、師匠である釈尊が成道(発迹顕本)したのは、王位を捨てて出家し、
そこから菩薩の修行をしたのち、菩提樹の下で成道したと思っていました。

しかし釈尊はそうではなく
「実は久遠という過去世の遠い昔に私(釈尊)はすでに菩薩の修行を終え、発迹顕本して衆生に下種してきた。
それ以来、この娑婆世界で何回も何回も下種した衆生を私(釈尊)と同じように発迹顕本させ、
その功徳(境涯)を得させるために説法教化してきたのだ」と明かしたのです。

これが釈尊の法華経であり釈尊の出世の本懐です。

だから衆生側は、すでに下種されているのだから釈尊の振る舞いを通して学び、
釈尊と同じように発迹顕本すれば仏の境涯を得、人生を楽しく生きていけるのです。

仏が衆生に初めて法を教えることを「下種」といいます。
そして、仏の教化によって次第に衆生の機根が整うのを「熟」といい、最後に発迹顕本(成仏)することを「脱」といいます。

要するに、釈尊の仏法は釈尊が過去に下種し、何回も説法教化することによって
衆生の機根が成熟し最後に成仏させるための脱益の教えということです。

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これに対して、末法に生まれてくる衆生は過去に下種を受けたことがなく、成仏のための善根を持っていません。

簡単にいえば、釈尊と縁がない(眷属ではない)のです。
このことを知っていた釈尊は「地涌の菩薩」に末法の衆生救済を託します。

釈尊は遠い未来を洞察し、自身(釈尊)亡きあと、教法が弘まっていく道程を五つ(五箇の五百歳)に立て分け、
末法の衆生が登場する時代様相は、第五番目の「闘諍堅固・白法隠没」になった時だと述べます。

その特徴は、常に争いごとが絶えず人心も濁っていて、親が子を殺し、子が親を殺すという、
とんでもない人間が生まれてくる時代で、仏法があるといっても「全民衆を救済する」という仏法本来の精神が完全に廃れているのが末法です。

だから末法の衆生は脱益仏法では成仏できず、最初に下種をするところから始めなければならないのです。

これが大聖人の仏法が下種仏法といわれる所以です。

しかし、釈尊を仏にした「根源の法」といっても具体的に何を下種するのでしょう――。

そもそも法華経本門で、釈尊の久遠の発迹顕本(成道)が説かれたといっても、
それは結果の姿にすぎないばかりか、成仏の本因の法(根源の法)が明かされたわけではありません。

つまり釈尊自身が修行して成仏した「根源の法」が何であったのかについては、釈尊は何も明かしませんでした。

それを法華経本門寿量品から拾い出し、宇宙と生命に内在する「根源の法」をわが身に涌現し、

人類史上初めてその「法と人」が一体となって、その人格にあらわれ振る舞われた人間――それが発迹顕本の日蓮大聖人なのです。

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大聖人は釈尊が修行した根源の法が「事の一念三千(三大秘法の南無妙法蓮華経)」であると明かされます。

大聖人のいう「事」とは“法と人”つまり“法体”そのものが「事」ということです。

御書には「自受用身とは一念三千なり・・・・一念三千即自受用身」(七五九頁)とあります。

この御文の意味は、根源の法を用いる身(自受用身)、これが大聖人の報身(心)にあらわれた、
何によってあらわれたのか――それは「久遠元初の発迹顕本」によってです。

“久遠元初の自受用報身(日蓮)”即“一念三千(法)”との表現は、
法と人は決して別々のものではなく、一体のもの不二のものということです。

大聖人は悪世末法の衆生を救済するために、まず、わが身に根源の法を涌現(発迹顕本)させ、
万人にその方途を示して、その明鏡を「人法一箇の本尊」として図顕し末法の衆生に残しました。

つまり、大聖人と南無妙法蓮華経の“人法”は、一体であり不二の関係である、
その大聖人の魂を「本尊」として図顕し、幸福の因果の法を万人に授与するということです。

これが大聖人の「事の一念三千」の法門です。

五重の相対のなかで、ここはもっとも大事なところなので、じっくり考えていきたいと思います。

大聖人は開目抄で

「この法華経の大事たる一念三千の法門は、ただ法華経の本門・寿量品の“文の底に沈め”られている。
竜樹・天親は知ってはいたがそれを拾い出していない。ただ天台大師のみがこれを内心に悟っていた(通解)」(一八九頁)と述べています。

これは法華経の大事たる一念三千の法門(根源の法)を明かされたのは、
後半十四品(本門)寿量品の“文の底”に明かされているという意味ですが、

ここで疑問に思うのは、方便品の十如実相で一念三千を明かし、
寿量品の三妙合論と久遠実成で、完全に一念三千を説き明かしているのに、
どうして寿量品の文上ではなく“文の底”つまり文底にあると表現したのでしょうか。

ちなみにこれを「文底秘沈」というのですが、大聖人の教義と諸宗の教義の最大の違いは、この種脱相対(文上・文底)にあります。

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富木常忍に宛てた手紙のなかで、大聖人は

「心得ておきなさい。法華経と爾前経と相対して判別するのに
“当分と跨節(一重立ち入る)”の立てわけ方に三つの仕方がある。

日蓮の法門は第三の法門である。
世間においては、あらあら夢のように第一、第二については述べているけれども、第三の法門については述べていない。
第三の法門は天台・妙楽・伝教もあらあらこれを説き示しているけれども、いまだに説ききっていない。

結局、末法の今に譲り与えたのである」(九八一頁)と述べています。

日寛は六巻抄で上記御文を引用し、

第一の法門は権実相対で「但法華経」。
第二の法門は本迹相対で「本門寿量品」。
第三の法門は種脱相対で「文底秘沈」、と立て分けて解説し

「是れは種脱相対にして第三の法門なり。此れ即ち宗祖出世の本懐なり。ゆえに日蓮が法門と云うなり。
今一念三千の法門は但文底秘沈と云う意ここにあり。学者深く思え云々」(三重秘伝抄)と述べました。

釈尊は法華経を説くなかで自分の限界をいたるところで明言しています。

それは釈尊の仏法では救済できない“末法”のことを考慮して、
その時のために地涌の菩薩に「根源の法」を託した儀式を見ても明らかです。

実際、釈尊も寿量品のなかで
「我れは本(も)と菩薩の道を行じて」(本因妙)、「我成仏してより已来」(本果妙)とは表明していますが、
釈尊が“いずれの法”を根本として菩薩行を成し、仏になったのかは明らかにしませんでした。

これらは釈尊の教えである法華経も、それ自体が仏法の究極ではなく、
最高の教えに至る一歩手前で踏みとどまった経典であることを物語っています。


・・・つづく

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by taicyan0402e | 2016-09-12 08:54 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)

【五義の教を知る 第一章 五重の相対】~4~

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~3~の続き
【五義の教を知る 第一章 五重の相対】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ


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そして、第四の相対が「本迹相対」です。

この“本迹相対”と、後に続く“種脱相対”こそが、
大聖人独自(独一本門)の教判であり、日蓮教学の骨格を成すものです。

大聖人は剣豪の修行の如き仏典の研鑽と二千数百年にわたる仏教指導者の論釈書を精査するなかで、
釈尊から始まる正統精神が「竜樹・天親・天台・伝教」に流れていることを突き止め、

私(日蓮)こそが、釈尊から付嘱を受けた末法の法華経の行者であり、地涌の菩薩の棟梁なのだと覚知します。

大聖人は仏教史に燦然と輝く正法・像法時代の大論師「竜樹・天親・天台・伝教」たちの論説を踏まえつつ、
独自の視点から法華経を洞察し、自身の教法を展開していきました。

大聖人がその発想に至る背景には理由がありました。

そもそも日本の法華経信仰の「師」は伝教大師です。比叡山にはすでに国家公認の戒壇も建立していました。

しかし、伝教の後継者ともくされた弟子「泰範(たいはん)」は師匠を裏切り、真言宗・空海の弟子になってしまったのです。

そのなかで極めつけは日本天台宗の“真言化”です。
その道を開いたのが伝教の弟子・慈覚(第三代座主)と智証(第五代座主)でした。

法華経第一が伝教の根本だったにせよ、大聖人が遊学の修行に訪れた比叡山はすでに謗法まみれだったのです。

後年、大聖人は伝教の弟子「慈覚・智証」を名指しで、徹底的に破折しています。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36715
伝教滅後、一代聖教の最高峰に位置する法華経が廃れていく当時の日本にあって、
行動と実質を第一義とする大聖人の行き方は、「どの教団が正統なのか」という観点はなく、
「誰が正統なのか」という一人の人間に視点が向けられていました。

なぜかというと、法華経を信奉する教団の実践がいかに拡大され、多岐にわたって展開されても、
究極の原点にさかのぼれば一個の人間であり、その内なる生命に帰着するからです。

大聖人は

「日蓮はおそらくは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す。三に一を加えて三国四師と号く」(五〇九頁)と述べています。

この御文は釈尊、天台、伝教という流れが仏教正統の系譜であることを認識した言葉です。

三時(正・像・末)の見方でいえば、釈尊の仏法が次第に混乱の様相を呈していくなかで、

法華経の「万人成仏」の思想が次第に明らかな形をあらわし、
万人に流布される過程でもあったことを「三国四師」という大聖人の歴史観は示しているように思います。

大聖人の行った実践法は、他の法華経信奉者とは違い、法華経を“身読”するという
手法を用いて釈尊の精神がどこにあるのかを事実の上で証明していく生涯でもあったのです。

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さて、話を本迹相対にもどします。

大聖人は天台の「権実相対」からもう一重深く法華経を体系付け、
法華経二十八品からなる前半十四品を「迹門」、後半十四品を「本門」に立て分けて、
釈尊が本当に説きたかった「法」は後半十四品にあると位置付けました。

これが法華経における本門と迹門の相対です。

大聖人は
「本迹の相違は水火・天地の違目なり。例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり」(九九六頁)、

また
「この法華経には二つの大事がある。それは《迹門》理の一念三千と《本門》事の一念三千である(趣意)」(一八九頁~)と述べています。

なぜそういう発想になるのかというと、釈尊の真実の教えは「法華経」だけども、
前半十四品(迹門)の方便品には、諸法実相(十如実相)に約して一念三千を説き、二乗作仏は説いているが、

まだ釈尊が本当に言いたかった永遠(久遠実成)の生命観は明かしていない。

よって、仏の本地をあらわしていないから本有常住の生命の実体を説き明かしていないことになります。

さらに、大聖人は
「しかりといえどもいまだ発迹顕本せざればまことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、
水中の月を見るがごとし。根なし草の波の上に浮べるににたり」(一九七頁)と述べます。

つまり、まだ釈尊の発迹顕本を明かしていないから
生命の実体(一念三千)が不明で真実の一念三千もあらわれていない。

また、二乗が仏に成ると説かれたものの、
本有常住の生命が明かされていないから仏界の生命も九界の生命もその実体が不明である。

だから結局、二乗作仏も定まっていないことになる。

譬えていえば、一念三千を説いたけれどもそれは理(理論)の上で説いたにすぎないから
水面に浮かぶ月影のようなもので実体がない。

だから根なし草が波の上に浮かんでいるようにしっかり定まったことにはならない。

要するに、釈尊の本地である「久遠実成」が説かれていないから迹門十四品だけでは不完全なのだということです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36717
これに対して後半十四品(本門)では、寿量品でやっと釈尊の永遠の生命観が語られ、
釈尊の本地である「久遠実成」が“三妙合論”に約して説かれました。

三妙合論とは「本因妙・本果妙・本国土妙」の三妙が合わせて論じられているという意味です。

これがなぜ“久遠実成”なのかを簡潔に説明すると、

まず寿量品の文、

「我れは本(も)と菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命は今猶お未だ尽きず」(妙法蓮華経四八二頁)

が《衆生の永遠性》でこれが本因妙です。

つまり、釈尊が凡夫の時に未だ明かされていない「何物か」によって菩薩の修行をした。

この修行が“因”となって

「我成仏してより已来、甚だ大いに久遠なり」(同頁)が《仏の永遠性》でこれが本果妙です。

つまり、久遠(五百億塵点劫)の昔に菩薩の修行をした“結果(果徳)”として成仏した。

そして

「我れは常に此の娑婆世界に在って説法教化す」(四七九頁)が《国土の永遠性》でこれが本国土妙です。

つまり、久遠の昔に成仏して以来、常に“娑婆世界”で民衆に説法し教化している、ということです。

このように、
本門で釈尊の本地である久遠実成を仏の具体的な振る舞いのなかに
“本因妙・本果妙・本国土妙”の三妙合論して明かし、この寿量品の説法があって

初めて「永遠の法」である南無妙法蓮華経を指し示すことができるのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/36718
一度整理します。

迹門では、一切衆生の生命に仏と同じ生命が具わっていること(理の一念三千)が明かされ、
誰もが成仏する論理が展開されているが、まだ事実としての成仏の姿は明らかにされていません。
本門に至って、はじめて久遠の成道(釈尊の発迹顕本)という釈尊の体験を通して成仏の実体が明かされました。

本迹相対を人間の生き方でいえば、“迹”とは影であり“本”とは本体です。

現実世界のすべての現象は、縁によってあらわれた影にすぎない。
その時々に変化する現象を永遠に変わらない実在のように考え、とらわれていくのは「迹門」の生き方です。

現在の自分の姿、現在のこの人生はいつまでもこのまま続くのではなく、やがては年老いて死んでいく――。

しかし、肉体を持ち、社会的役割をもった人間としての自分は、老化と死によって変化し消えていったとしても、
根本的な「我」はさまざまな宿業を負いながら実在しつづけていくのです。

この根本的な自己をしっかり自覚し、見失わない生き方が「本門」なのです。


・・・つづく

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by taicyan0402e | 2016-09-11 08:54 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)