フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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カテゴリ:信仰メモ( 2 )


立正安国論を研鑽する時期にきてる自分だろうか

今回の記事はメモに近いけど。
完成形としての記事ではなく、そのための下準備目的のメモのようになりそうだから。

『立正安国論』は信仰する上で非常に重要項目と知りつつも、御書を持ち合わせてない&あったとしても意味がチンプンカンプンだろうことが容易にわかるから、これまでずっと保留にしてきた。

仏智というものかもしれないが、十界から意味を解釈することができるんじゃないか、そんな感触を直感的に感じた。
「自界叛逆」「他国侵逼」が有名だけど。
この二つはいずれも『ルーズ』を象徴している。
経験的に感じてるのだけど、言葉なり体罰みたいなものでの暴力性を伴う「ルーズ」というのは、畜生界が象徴してるんだなって。
「自界叛逆」「他国侵逼」はいずれも弱肉強食の動物世界同然を象徴してる。

他のものは十界ではどれに象徴が位置するだろうか。

「大地震」「大風」「洪水」
「疫病」「飢饉」

これらもおそらくそれぞれ十界のいずれかの象徴だろうとみたわけです。
そして、今のところは直感でしかないのだけど、間違った信仰が悪い、というよりも、不幸を呼び込み助長する一念がダメというのがおそらく本質部分なんじゃないかと。
その一番大きく影響を与える原因が「誤った宗教」ということなんじゃないか、と。

翻ってなぜ法華経しかない、ということになるのか。
法華経のみが菩薩界や仏界の一念になる、ということだからでしょうか。

完成形的にまでは時間がかかりそうだけど、地道に積み上げていけばできるだろうか。

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by taicyan0402e | 2017-01-07 00:43 | 信仰メモ | Comments(0)

信仰上の要素、一念と方便

カテゴリ「信仰メモ」を作りました。
記事数が増えれば、信仰上で知り得た細かい理屈部分のパーツ集のカテゴリになるのかな。
「メモ」のような意味合いのカテゴリです。

経験的に、信仰上では二つのテーマがあるのがわかる。

『一念』について。
『方便』について。

これはいうなれば

『一念の正しさ』
『方便の正しさ』

を日々追求していく性質の宗教。両方とも重要な要素。
両方とも合致することで、結果が出やすくなる。
逆にいえば、どちらがが適切でないと思うような結果が出にくい。

正しい一念はいうまでもなく、仏界と同じ境涯の感謝の一念。
これは勤行と唱題で可能なのは、やったことのある人なら誰でもわかる。

けれど、『仏として』の経験不足から『適切な方便』を知らない。
それがため、思うような結果でない現象の具体例として三障四魔や三類の強敵などの障害が起こることになる。
一念に示す意図に合う具体面が方便。

この逆パターンでは、一念が信仰上の意味で適切ではなく、その適切でない一念の意図する結果のための方便、というケースが「教条主義」の状態。
重症になるほどに、どんどん外道になり、自覚症状として納得するほどに、環境はどんどん孤立化へと狂っていく。

具体的行動面では、大きくわけて二つ。
「厳しく指摘して改善を促す」「優しく接して感応させる機会にする」という、二つの流れがある。
どうやらどちらが正しいということでもないように感じる。
というより、どちらも正解なんじゃないかと思うわけです。

これは「実際の方便」よりも「一念」がもっと重要なのを示してるんでしょうね。

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by taicyan0402e | 2016-07-02 19:48 | 信仰メモ | Comments(0)