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フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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第四十回・常不軽菩薩品第二十(1)

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法華経・南無妙法蓮華経への旅

投稿者:塾長 投稿日:2020年 9月15日(火)18時55分44秒

法華経  南無妙法蓮華経への旅 第四十回  常不軽菩薩品第二十(1)

不軽菩薩といえば思い出されるのが「二十四文字の法華経」です。

『我深敬汝等、不敢軽慢。所以者何、汝等皆行菩薩道、当得作仏』(がじんきょうにょとう、
ふかんきょうまん。しょいしゃが、にょとうかいぎょうぼさつどう、とうとくさぶつ)


【通解】
『「我れは深く汝等を敬い、敢えて軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆菩薩の道を行じて、当
に作仏することを得べし」と』(妙法蓮華経並開結・創価学会版557頁)


誰人に対しても敬う心を忘れずに礼拝したのが不軽菩薩です。決して人を見下したりする
ことはありません。皆が見習わなければならない姿勢です。ややもすると、人は自分より
立場の低い人に対して横柄になったりするものです。
私の体験で申し訳ありませんがご紹介します。

薬の卸売業に勤めていたとき、一軒新規で開業する病院がありました。建設中に現場に行
って情報を集めたりするのですが、そこに私よりも若い作業服を着た人がいつもいました。
私は誰に対しても同じような言葉遣いをするのですが、業者によっては「現場の兄ちゃん」
と思って横柄な言葉遣いの人もあったようです。実はその人は開業する病院の事務長だっ
たのです。

後日、「ずっとあの格好で人を見ていたんや。あんただけが丁寧な言葉遣いやった」と言
っていただき、私の会社が扱っている薬はすべて私から購入してくださいました。そうい
うこともあります。誰人に対しても物腰が柔らかい方が良いですね。(笑)

さて、常不軽菩薩品ですが、威音王仏(いおんのうぶつ)という「仏」が登場します。この
仏は声聞の為に四諦を説き、辟支佛(縁覚)の為に十二因縁を説き、菩薩の為には六波羅蜜
を説いて、仏へと誘引しますが、その寿命が尽きて入滅してしまい、その教えが増上慢の
者によって蔑まされます。そのときに現れたのが不軽菩薩です。不軽は特段、「法」を説い
たりしません。唯、ひたすら出会う人に対して、

『我れは敢えて汝等を軽んぜず。汝等は当に作仏すべきが故に』(同書557頁)

と、礼拝します。言われた人々は、

『是の語を聞く時、衆人は或は杖木・瓦石を以て、之れを打擲すれば、避け走り遠く住し
て、猶お高声に唱えて言わく、「我れは敢えて汝等を軽んぜず。汝等は当に作仏すべし」と』
(同書558頁)


と、杖木瓦石を加えます。それでも、その難を避けて遠くからでも「汝等は作仏すべし」
と言い続けます。この愚直なまでの行為は本当に尊いものです。

私は入会してから初めての弘教を実らせるまでに14年かかりました。(初めて折伏を受け
てから入会までも14年を要しています)それまで、教学を勉強して折伏に出かけて一生懸
命に話をしても「お前の話は分かるけど、俺はええわ」と言われるのがおちでした。とこ
ろが、教学も勉強せずに(失礼な言い方ですが)おばちゃんが「あんた、信心せえへんかっ
たら幸せになられへんで」という言葉に、「そしたらおばちゃん、俺、信心するわ」で入会
に至る話を聞いて、それはアカンやろうと思っていました。

しかし、そのおばちゃんは題目をものすごく唱えてから折伏に出かけていたのです。
そんなときに教えていただいたのが次の御文です。

『第四出大音声の事 御義口伝に云く我等衆生の朝夕吐く所の言語なり、大音声とは権教
は小音声法華経は大音声なり廿八品は小音声題目は大音声なり、(中略)今日蓮等の類い南無
妙法蓮華経と唱え奉るは大音声なり、又云く大とは空諦音声とは仮諦なり出とは中道なり
云云。』(御書740頁 御義口伝)


「塾ちゃん、南無妙法蓮華経は大音声なんや、相手の命に響くねん。教学は小音声や、
相手の頭には響いても命には響かん」これには、納得しました。(苦笑)      (塾)


by taicyan0402e | 2020-11-18 09:56 | 宿坊の掲示板の話題 | Comments(0)
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