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フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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第三十三回・従地涌出品第十五(2)

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法華経・南無妙法蓮華経への旅

投稿者:塾長 投稿日:2020年 9月 8日(火)18時42分12秒

法華経  南無妙法蓮華経への旅 第三十三回  従地涌出品第十五(2)

日蓮聖人は「上行菩薩の再誕」というお立場で、弘教されたと教えてこられました。し
かし、再誕って、生まれ変わり?「輪廻転生」はバラモン教の教えで仏法はむしろ「輪廻
転生」を否定していると私は申し上げてきました。(南無妙法蓮華経への旅・第九回寿量品・
第十三回譬喩品で)

すると日蓮聖人の場合だけ特例でというような虫の良い解釈はできません。日蓮聖人は
法華経なかんずく、この涌出品で末法に於ける法華経弘通の使命を託された「上行菩薩」
の役割を自覚された、覚悟されたのだと思います。

末法に於いて法華経弘通をすれば、三類の強敵が現れて迫害を受けることが分かってい
たのですから、覚悟が必要です。覚悟のうえで日蓮聖人は法華経弘通を開始されたのです。
弘通を始めたら難が襲ってきてしまったのではなく、難が襲って来ることを最初から承知
されていたのです。御書を拝するときは日蓮聖人の考え方や「人間性」を考慮して拝読し
なければ見えてこない部分があると考えます。

「私は日蓮が語る仏法の特質を知る鍵となる言葉は、『志』であるとつねづね思っている。
それは日蓮の『凡夫は志ざしと申す文字を心へ(得)て仏になり候なり』白米一俵御書(御書
1596頁)という言葉を受けてのことである」(山中講一郎著 日蓮伝再考(一)平安出版
45頁~)


山中講一郎著の「日蓮伝再考」は、日蓮聖人の考え方、「人間性」を考えるうえで、参考
になる良書です。映画などでは「辻説法」をする日蓮聖人が描かれたりしていますが、実
際の日蓮聖人の弘教は、もっと計画性を持ったものだったでしょう。何故なら弘教を開始
される前からすでに「覚悟」を以て開始されたのですから。法華経も同様で拝読するにあ
たっては、釈尊の考え方、「人間性」を念頭に置いて読むと理解が深まるように思います。

話が少し「法華経」そのものからずれるのですが、私は創価学会に入会して暫く、まだ
仏教学も学んでいない段階で理解できなかったことがあります。それは、日蓮聖人が「本
仏」で釈尊が「迹仏」で、釈尊よりも日蓮聖人の方が「偉い」みたいな話をされたことで
す。釈尊は五百塵点劫で「久遠実成」、日蓮聖人は無始無終の「久遠元初」って、歴史上、
釈尊のほうが先に出現しているし、どういうこと?仏法用語を並びたてられても理解が出
来ませんでした。時間軸だけで考えてしまうと理解が出来ません。日蓮聖人のほうが教え
が深いのです。「法」の根本に肉薄しているのです。

五百塵点劫の「久遠実成」は、遥か昔といっても限りがあります。有限です。それに対
して、日蓮聖人の「久遠元初」は、無始無終です。始まりも終わりもないのです。

「久遠元初」とは、上手くいったものです。現在の宇宙論ではビッグバン説が主流です。
無限大のエネルギーが「ゆらぎ」によって、爆発的に膨張を始めました。その一点を「特
異点」と言います。しかし、最近は更に「多元性宇宙論」というのが語られ始めました。

私たちが存在する宇宙がいくつもあって、(質量等によって同じように膨張しているとは
限らないが)それぞれが又、繋がっているかも分からないというのです。そうなってくると
始まりである「特異点」を特定するのは困難です。

また、私たちのいる宇宙も、その質量によって質量が不足している場合は収縮に向かい、
ビッグクランチで、元の無限大のエネルギーが元の針の穴よりも小さな世界に閉じ込めら
れます。そしてまた、「ゆらぎ」によって同じことが繰り返されるかも知れません。

宇宙全体の質量が足りている場合は膨張を続け、星と星の間隔が広がりすぎて生存とい
う観点では「死」という状態になって定常し続けるだろうと思われています。いづれにし
ても「終わり」がないのです。今回は、随分と話が脱線してしまいました。      (塾)


by taicyan0402e | 2020-10-27 01:18 | 宿坊の掲示板の話題 | Comments(0)
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