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フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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第三十一回・安楽行品第十四

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法華経・南無妙法蓮華経への旅

投稿者:塾長 投稿日:2020年 9月 6日(日)16時17分33秒

法華経  南無妙法蓮華経への旅 第三十一回  安楽行品第十四

いよいよ迹門の最後、安楽行品までやってきました。この品には法華経の七喩でまだ紹
介していない髻中明珠(けいちゅうみょうしゅ)の喩の記述があります。(三車火宅の譬 譬
喩品・長者窮子の譬 信解品・三草二木の譬 薬草喩品・化城宝処の譬 化城喩品・衣裏宝珠
の譬 五百弟子受記品・良医病子の譬 如来寿量品は紹介済)

髻中明珠の喩で登場するのは「転輪聖王」です。転輪聖王は武力ではなく仏法で治世を
行うとされた理想の王で、兵士に対し恩賞として象・馬の乗り物、田畑や城、鎧等を与え
ていましたが、髻(もとどり=まげ)の中の宝珠だけはなかなか与えなかったという話です。
恩賞として与えられた数々の品は爾前の教え、宝珠は法華経を顕しています。

「兵の戦いて功有るに 諸物の 象馬車乗 厳身の具 及び諸の田宅 聚落城邑を賞賜し
或は衣服 種種の珍宝 奴婢財物を与え 歓喜して賜与す 如(も)し勇健にして 能く難
事を為すこと有らば 王は髻中の明珠を解いて之れを賜わん 如来も亦た爾なり 為れ諸
法の王なり 忍辱の大力 智慧の宝蔵あり 大慈悲を以て 法の如く世を化す」(妙法蓮華
経並開結・創価学会版445頁)


「安楽行」というと、楽に修行できると勘違いするかも分かりませんが、
「安楽に暮らすためにどのような修行、振る舞いが必要か」ということです。

「一には菩薩の行処・親近処に安住して、能く衆生の為にこの経を演説せよ。文殊師利よ。
云何(いか)なるを菩薩摩訶薩の行処と名づくる。若し菩薩摩訶薩は忍辱の地に住し、柔和
善順にして、卒暴ならず、心も亦た驚かず、又復法に於いて行ずる所無くして、諸法の如
実の相を観じ、亦た行ぜずば分別せずば、是れを菩薩摩訶薩の行処と名づく」(妙法蓮華経
並開結・創価学会版423頁)


菩薩の親近処とは、どのようなところかというと

「国王・王子・大臣・官長に親近世せざれ」(同頁)

とあって、要は権力には近づくなということです。
日蓮聖人は常に権力と対峙していました。

「彼は今や齢三十二、友なく、名なく、しかも独立にして不屈であった。彼には、真宗の
範宴(親鸞)のごとく、依て以て己が主張を宣ぶべき、祖先の血統はなかった。彼は一介の
漁師の子、後年自ら称したるごとく、『海辺の旃陀羅が子也』[旃陀羅は梵語のチャンダラ、
賤種、平民の卑しい者を言う]である。また彼の研学も、最澄、空海、この優れた教学者の
如くに、外国の地にて為されなかった、――それは当時も今日と異ならず其の秘密を開く
鍵を持つ者として日本人に認めらるるに最も肝要な事柄であったのである。如何なる種類
の庇護も彼には絶対に皆無であった、況や皇室の庇護をやである。他の開祖等は概ね豊富
にこの庇護を被った、併し彼はたゞ独り隻手をもって、凡(あら)ゆる勢力に対し、当時の
有力なる諸宗の人人とは全く異なれる見解を以て、開始した。彼は余輩の知る限り、日本
仏教徒中唯一の例である。彼は倣(なら)ふべき何らの先例なく、一つの「経」と一つの「法」
のために生命を投げ出して敢然として立つたのである。彼の生涯の興味あるは、彼が主張
し弘布した教義的見解よりも、寧ろ彼がそれを主張した勇敢な行為にある。真の意味に於
いての宗教的迫害は、日本に於いては、日蓮を以て始まったのである」(名僧列伝(三)紀野
一義著・角川文庫から抜粋)


 これは、明治のキリスト教学者、内村鑑三の英文書「代表的日本人」の和訳文です。内
村はこのように、宗教的迫害を受けた人物は日蓮ひとりと断じています。権力と親近しな
かった日蓮聖人こそ、私たち「法華経の行者」の手本であり「師」です。       (塾)


by taicyan0402e | 2020-10-23 06:53 | 宿坊の掲示板の話題 | Comments(0)
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