フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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池田先生の平和思想における共通するテーマは?

さて、『二十一世紀への選択』の本より続きです。
真面目な心境の人なら読みたい部分であろうところを順次ピックアップしていきます。

第一章 仏教とイスラム――平和への対話
50ページ~51ページ
より

▼▼▼▼▼▼
池田
 人々の内奥の道徳的側面にアピールしていく――対話の眼目はまさに、魂と魂の交流を促すその精神の働きかけにあるといってよいでしょう。
 対話とは名ばかりの、一方的に押し付けるような態度で臨むのであれば、心の底からの納得などは生まれません。そこに残るのは結局、博士が先に述べた「憎しみの種子」だけでしょう。そんな対話では、人と人とを結びつけることなど到底できないのです。
 対話の必要性を訴えていく努力とともに、対話のあり方そのものを問い直す作業が欠かせません。
 この二つが相まってこそ、初めて対話の真の効用というものが社会のなかで発現し、時代を動かす大きな力として結実していくのではないでしょうか。
▲▲▲▲▲▲

今回のこの話は、第一章の最後にある池田先生の言葉です。
折伏するにしても破折するにしても、どちらにも共通する「精神・心根」そのものに感じますね。
さらにいえば、日常生活でも「信心即生活・生活即信心」で基本的な精神・心根になるでしょうか。

ところで現在のブログ村。
対話の時期は過ぎて、それぞれ思いに「決着」をつけていく時期に感じます。
自分の判断が正しかったのかどうか、確認していく段階になってるように見受けます。

僕は、池田先生の話のどういうところを注目したらいいのか『二十一世紀への選択』の本を具体的な題材にとりあげていきます。


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by taicyan0402e | 2017-08-23 17:52 | 池田先生の書籍関連 | Comments(0)
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