フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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自分自身と創価学会の発迹顕本について

【自分自身と創価学会の発迹顕本について】宿坊の掲示板より
投稿者:大仏のグリグリのとこ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35505
世界広布新時代「開幕の年」が明けた元旦(2014年)の朝、聖教新聞《今日の発心》の欄を見ると、

正木理事長は撰時抄の「夫れ仏法を学せん法は必ず先づ時をならうべし」(二五六頁)を通し、
池田先生の指導を引用して全学会員にこう呼びかけられました。

「池田先生の指揮のもと、私たちは『広宣流布大誓堂』落成の喜びのなか『世界広布新時代 開幕の年』を迎えました。
この御文は仏法を行ずるにあたって、時にかなった実践こそ大切であることを示しています。

私たちが『今、何をなすべきなのか』を考える時『今がいかなる時か』を真摯に問う必要があります。

昨年夏、先生は“黄金の3年”の開幕にあたり

『深く大きく境涯を開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む』と言われました。

万代に続く世界宗教としての基盤を築く“黄金の3年”。なすべきことは、自身と学会の『発迹顕本』です」(1月1日付)と――。


《昨年の夏》ということは、2013年の夏に先生は上記の文言を発言したことになりますが、
この先生の文言が、何時、どこで、誰に対して言われた言葉なのかは、私が調べた範囲では残念ながらわかりませんでした。

しかし、同年1月6日付けの《紙上座談会》で、正木理事長は再度、

「先生は昨年、これからの“黄金の3年”の開幕に当たり
『深く大きく境涯きょうがいを開き、目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む』と指導されました」

と記載されていることから、

2013年8月上旬に池田先生が長野県(研修道場等)にいった際、側近のごく限られた弟子たちに対して言ったものだと思われ、
その指導を直接聞いた正木理事長が新聞紙上で紹介したものでしょう。

“黄金の3年”とは、2014年から2016年の3年間を指すと思われます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35506
さて、池田先生はなぜ「この時」にこのような指導を弟子たちにされたのでしょうか。

「自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む」――この指導について考えていきたいと思います。

はじめに、仏の成道について大聖人は
「三世の諸仏の成道はねうし(子丑)のをわり・とら(寅)のきざ(刻)みの成道なり」(一五五八頁)と述べています。

三世の諸仏とは、過去・現在・未来の三世に出現する諸々の仏のことで、成道は“悟りを開く”ということです。

いったい何を悟るのかというと
「自分は何者で、何のためにこの世に生まれて来たのか、その目的は何か」などを覚知することだと思います。

その覚知した凡夫のわが身に久遠の仏界の境地を顕し、どんな大難が来てもそれを乗り越え、
全民衆を救っていく勇者として振る舞う――これが発迹顕本です。

そして、大聖人は
仏が成道する時刻は「ねうし(子丑)のをわり・とら(寅)のきざ(刻)み」と述べています。

現在では1日を24時間として1時間単位で区切っていますが、中世の日本では明治に入るまで1日の時刻を
「十二支」であらわし、1日24時間を12に分け「子の刻」「丑の刻」というように時間を表現していました。

「刻」は2時間を指し、たとえば子の刻は「初刻23時・正刻0時・終1時」と3つに分けます。
これからすると「ねうし(子丑)のをわり」は1時から3時で「とら(寅)のきざ(刻)み」は3時の始まりから5時にあたります。

さらに正刻を基準にすれば「子丑の刻」は0時から2時、「寅の刻」は4時です。

古来、丑寅(うしとら)の時刻は1日のうちで夜(死)から昼(生)に向かう中間の意味をもつとされ、

大石寺・日寛も開目抄愚記のなかで
「丑寅の時とは陰(おん)の終り、陽(よう)の始め、すなわちこれ陰陽の中間(ちゅうげん)なり。
またこれ死の終り生の始め、すなわちこれ生死の中間なり」(文段192㌻)と述べています。

現代的にいえば、子の刻が夜中の0時、丑の刻が午前2時、寅の刻が午前4時ごろにあたります。
だいたい午前4時ごろは、夏ならば太陽が東の空を白く染めるころで、1日の活動が始まる時です。

また午前2時から3時にかけては、暁を前にして最も闇が深く、万物の眠りも深い。
子丑の刻は前日の生命の終わりであり陰の終わりです。

これに対して、寅の刻は新しい1日の生命の始まりであり、若々しい生気にあふれた陽の始めといえます。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35507
地球が誕生してから約46億年といわれていますが、地球の万物は
太陽と地球との関係によって生み出される宇宙のリズムに合わせて生活を営んできました。

その営みの鼓動は、地球上の生命それ自体に内在しているといっても過言ではありません。

人が病気や老衰などで息を引きとる時も、この宇宙のリズムと何らかの関係があるとされています。

また昔から引き潮の時に人は死にやすいとされているのは、引き潮は月の運動と関係があり、
体全体のリズムがこの時刻にもっとも停滞的となり、死にやすい状態になるのではないかと考えられているのです。

最も闇が深いといわれるこの時刻(子丑の終わり寅の刻み)に諸仏は成道する――言い換えれば、
信心を第一義において戦っていくならば、最も苦悩に満ちた時にこそ、また生死の移り変わる瞬間にこそ、
仏力が顕著にあらわれるということであり、自身の境涯の深化がなされるということではないかと思います。

池田先生も小説《新・人間革命》のなかで

「いざ困難に出くわし、窮地に立たされると“もう駄目だ”とあきらめてしまう。
しかし、実は、困難の度が深まれば深まるほど、もう少しで、それを乗り越えられるところまできているんです。

闇が深ければ深いほど、暁は近い。
ゆえに、最後の粘りが、勝利への一念を凝縮した最後の瞬発力が、人生の勝敗を決していくんです」(22巻391㌻)と述べています。

釈尊が菩提樹の下で成道した時刻も明けの明星が輝くころであり、
大聖人が竜口で最も闇の深い「子丑の時刻」にくびをはねられ、発迹顕本されたのもこの時刻です。

開目抄には「日蓮という者は去年の九月十二日、子丑の時にくびをはねられた。
これは法華経身読をもって、わが身に三徳(主師親)を具備した仏界の境涯が涌現して佐土の国にいたり、
その境涯で翌年の二月《開目抄》を著し、雪の深い佐渡の国より鎌倉方面の有縁の弟子に送るのである。

この書を拝する弟子たちは、濁劫悪世に法華経を弘通する大難を思うて怖じ恐れるであろう。
しかし日蓮は『われ身命愛せず、ただ無上道をおしむ』の法華経の行者であるから、なにひとつ恐れるものもなく、
日蓮と同じく広宣流布の決意をかたく持っている者は絶対に恐怖がないのである。

『身命を愛せず』の志ざしの決定していないものはこの書を読んでいかほど怖れることであろう。
これは釈迦・多宝・十方の諸仏が法華経に予言した三類の強敵を日蓮が一身に受けて末法の弘通と大難を実証している。

すなわち日蓮の行動は明鏡であり、勧持品の予言は日蓮の形見であり、開目抄こそ日蓮の形見である(通解)」(二二三頁)とあります。

この御文が事実として大聖人が発迹顕本したという実証であり、御本仏としての自覚に立った文証です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35508
「根源の法(妙法)」が宇宙にもともと実在しているといっても、
その哲理を体現した法本尊と、それをその通り、人格として体現した先駆者(仏法指導者)がいなければ、
衆生にとっては何も知ることができず、現実に存在しないのと同じになってしまいます。

そうなると法本尊は単なる法のみに終始し、本尊としての意味もないことになる。
ここに人本尊の重要性が生まれてくるのです。

人本尊とは、まさにこの「法・真理」を悟り究め、わが身に体現するとともに、
その体現する道を全民衆に開き、同じ境涯に至らしめる偉大な人格者のことだと思います。

大石寺・日寛は六巻抄のなかで

「人の本尊とは、即ち是れ久遠元初の自受用報身の再誕・末法下種の主師親・本因妙の教主・大慈大悲の南無日蓮大聖人是なり」

(文底秘沈抄10㌻)と述べています。

これは天台の教判である五重玄義(名・体・宗・用・教)から配して述べられたものです。

つまり、

「久遠元初の自受用報身の再誕」は体(当体)
「末法下種の主師親」は教(活動の影響)
「本因妙の教主」は宗(その特徴)
「大慈大悲」は用(その働き)
「南無日蓮大聖人」は名(名前)

です。

詳細は省きますが、日寛は人本尊をこの五面から詳細に解き明かし、
大聖人が生涯の振る舞いの中で、発迹顕本した証拠として

「現証(日蓮といゐし者は・・・魂魄・佐土の国に至りて)二二三頁」と
「文証(三世の諸仏の・・・成道なり)」をもって裏づけとし、

日蓮大聖人こそが末法の御本仏(人本尊)であると論証しました。

この日寛の立てた原理は永遠に変わらないものであるし、変えてはいけないものだと思います。

大聖人が竜口において暗い闇の“時刻”を突き抜けて、我が胸中に“主師親の三徳”を具備したことを到達点として、

それ以降、大聖人は弟子たち自身の発迹顕本を呼びかけていきます。

そして、在家の代表的存在であった四条金吾や池上兄弟は、
師匠に連座したものではなく自らの闘争で競い起こる難を呼び起し、
その暗夜を突き抜けて師匠と同じく、見事に法華経の行者の実証を未来の弟子に示してその足跡を残しました。

これと同じく、池田先生も今、弟子たちに対して《自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む》と呼びかけられました。


・・・・つづく。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35542
池田先生はすべてをご存知の上で、あえて側近の幹部にこのような指導をしたのではないのか。

ここからは私の想像ですが、もしかして先生は

「本来、会員一人ひとりの人間革命を手助けする存在であるはずの幹部の大半は
権威主義に陥り、末端会員は疲弊のどん底に陥っている。

このままでは会員は宗教の奴隷となり、創価学会自体が邪教集団になってしまう。

何とかしなければいけない。

ひとまず広宣流布大誓堂建立をもって三代会長と創価学会の到達点と成し、今度は三代の師匠に
連座(※頼るのではなく)したものではなく、弟子自らの闘争で競い起こる難を呼び起し、
その暗夜を突き抜けて、大聖人と同じく、また私(先生)と同じく、法華経の行者の実証(発迹顕本)を示していきなさい。

そして私(先生)亡きあとも創価学会が仏意仏勅の団体であることを世界に証明していきなさい」

と言いたかったのではないか。

幹部も組織も最悪の状態である現実を踏まえて、池田先生は最も闇の深い時だからこそ、
目の覚めるような自分自身の発迹顕本に挑戦し、そこから「師弟不二」を体得した新しい弟子が
澎湃(ほうはい)と登場する機運を感じられているのではないでしょうか。

そうなると、竜口で発迹顕本が成され、
大聖人の魂魄にあらわれた“主師親の三徳”とは何か、ということが問題になってきます。

実際にその境涯で書かれた開目抄には

「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(二三二頁)とあり
「日蓮は日本国の諸人にしうし(主師親)父母なり」(二三七頁)とまで言い切っています。

「柱」を主の徳
「眼目」を師の徳
「大船」を親の徳

と拝することは、すでによく知られている事実で、大聖人自ら末法の主師親であると宣言された御文は多い。

この“主師親の三徳”を一切衆生に対して平等にもっているのが、救済者としての仏であり、地涌の菩薩なのだと思います。

「日蓮と同意(同じ精神・心)ならば地涌の菩薩たらんか」(一三六〇頁)とある通りです。

そして、そのさきがけの棟梁を「本仏」と呼ぶなら、非常に納得のいく話です。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35543
――幹部も組織も史上最悪の状態であるからこそ、自身も学会も発迹顕本するチャンスが来ているのだ。
この現実を打破するには、今こそ弟子が「根本の師匠(大聖人)・三代の師匠」と同じ精神と心で、
地涌の菩薩の自覚に立ち、自分自身の胸中に“主師親の三徳”を涌現させねばならない――。

これが池田先生の指導の真意だと考えます。

「主の徳(力)」とは、権力を表として眷属を守る力でありその働きをいいます。
これが反対になると、権力を表として眷属を奴隷にしてしまう。

「師の徳(力)」とは、智慧や英知を表として眷属を指導する力でありその働きです。
これが反対になると、師の指導を表として眷属に我見の指導をしてしまう。

「親の徳(力)」とは、慈悲・慈愛をもって眷属を慈しむ力でありその働きです。
これが反対になると、眷属を冷酷・無慈悲に扱ってしまう。

「元品の法性は梵天帝釈等と顕われ、元品の無明は第六天の魔王と顕われたり。
善神は悪人をあだむ。悪鬼は善人をあだむ」(九九七頁)とはこういうことだと思います。

民衆を救済する根本の精神――それは広大な慈悲なのです。

創価三代の師匠が根本の仏と定めた御本仏・日蓮大聖人の最大の特徴は「大慈大悲」です。

報恩抄には
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外、未来までもながるべし。
日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ」(三二九頁)とあります。

慈とは与楽、悲とは抜苦という意味で、不幸の因を取り去り、楽しみを与えるということです。

これは単に慈しみ愛するというだけの心情的であいまいなものではなく
「苦を抜く」という厳しい戦いと「楽を与える」という積極的な働きかけがなければ、

慈悲(抜苦与楽)とはなり得ません。

つまり、仏法で説く慈悲とは、厳しき戦いに裏打ちされた闘争と、
人々を無限に包容しつつリードしていく智慧の両面が備わったものなのです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/35544
十三世紀の日本において、日蓮大聖人の“大慈大悲”の熾烈な闘争よって三大秘法の法門が打ち立てられ、

大聖人の大慈悲の生涯を原動力として、創価三代の師匠が
末法万年尽未来の彼方まで広宣流布していこうと立ち上がり、今日の創価学会を築きました。

今度はその後継の弟子が“主師親の三徳”を体得(発迹顕本)し、
創価三代の大慈悲の生涯を原動力として、広宣流布していこうと立ち上がる時がいよいよ到来したのです。

池田先生の

「闇が深ければ深いほど、暁は近い。
ゆえに、最後の粘りが、勝利への一念を凝縮した最後の瞬発力が、人生の勝敗を決していく」との指導は、

私たちに無限の勇気と希望を与える言葉であり

“自分自身と創価学会の発迹顕本を必ず成し遂げてみせる”との確信漲る厳愛の励ましだと思います。

ゆえに先生は本門の弟子全員に“頼む”と厳命したのだと確信します。

昭和三十一年七月、参議院大阪地方区選挙(当時)において、
負けて当然といわれた大阪が池田先生を中心とした戦いで大勝利し、
勝てると思われた地方が無慚に敗れた法戦の歴史を通して師弟不二のあり方を教えました。

それを最後に記して終ります。

――広布実践における師弟の関係を単なる師弟の道ととるか、
師弟不二の道ととるかが、はじめてあらわにされたと見なければならない。

師の意図するところが、現実にあらわれるか、あらわれないかは、弟子の実践の姿を見れば容易に判断のつくことである。

師の意図が脈動となって弟子の五体をめぐり、それが自発能動の実践の姿をとるとき、
師弟の連結は、はじめて師弟不二の道をまっとうすることが辛うじてできるといわなければならない。

師弟に通ずる生命の脈動こそ、不二たらしめる原動力である。

そのためには、師の意図の脈動が何を根源としているかを深く理解し、
みずからの血管のなかで消化する強信にして困難な信仰作業を必要とする。

その本源の師弟の力は、いうまでもなく御本尊につきる。

(中略)

師の意図に教条的にただ追従することは、弟子にとってきわめて容易なことだ。

師の意図からその根源にまで迫って、
その同じ根源を師とともに分かちあう弟子の一念は、まことに稀だといわなければならない。

しかし、この稀なる一念の獲得にこそ、微にして妙なる師弟不二の道の一切がかかっているのである。

(人間革命10巻「脈動」109㌻~)


― 完 ―

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by taicyan0402e | 2016-09-15 12:09 | 宿坊の掲示板より(教義的) | Comments(0)
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