フーテン学会員の独り言@歓喜の中の大歓喜編

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顕益の起こるプロセスの考察・2

亡くなられた方がいわゆる『成仏』するには、自ら成仏を願った際にどうやらその術を誰に言われるでもなく自覚できるようなんですね。

生きてる側の人が、自力で幸せになる手助けがどうやらその修行のようなんです。
生きてる側の人の、幸福いっぱいの感謝の心境に「感応」することで、亡くなられた側も成仏するようです。
そのためのお手伝い、ということなんです。
お手伝いの範囲なので、最低限の手助けのみで、基本的に見守ってるようなんですね。

けど、これって亡くなってからでないとできないことでもないんですね。
学会の信仰活動そのものではないでしょうか。

亡くなられた方にとって、最高のご褒美は『感謝の気持ち』のようで、亡くなられた方には護る力をつけるようです。
亡くなった側も感謝の思いから生きてる側へご褒美として顕益という現象が起こるのではないか、そう感じられるのです。

だから、この世の常識でない現象だから顕益は説明不能ばかり、なんてことなんじゃないかと感じられるのです。
宇宙のリズムと合致してる物事の流れ、というのも、色んな物事に自分自身が合致してしまってるよう、導いているのでは?と。
『竜の口の法難』はその典型的・代表的ケースに感じられるのです。

まぁ宗教をするなら功徳を得たいのがホンネですから、それなら御本尊様へ真心からの感謝を以って望みたいですね。

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by taicyan0402e | 2016-02-18 19:12 | 教義的 | Comments(0)
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